第7話 バイオリン

文字数 1,811文字

ミサは、自宅で、チャイコフスキー交響曲第4第3楽章のピチカートの練習をしていた。

「ワン!」

足元の犬が時折吠える。

「ミクちゃん。さっきから吠えてどうしたの? お腹空いたの?」

ミサは、犬を抱きかかえた。

「もうちょっと練習させて。次の練習で あの人に笑われないようにしなくっちゃ」

ミサは都内の私立大学の2年生で、学生オーケストラに所属していた。
その夜、ミサは愛犬ミクを抱きながら就寝前恒例の日記を書いていた。

『今日 練習後に あの人 の後をつけていったけど、今日もとうとう声をかけられなかった』

毎晩、あの人 への想いをつづり涙をうかべ、その様子を悲しそうに眺めるミクに頬を寄せた。

ミクの心の声(よせミサ 涙で濡れる。まったく、じれったい 見ていらないわ。さっさと告白してよ!)

そこへスマホのライン音

「また、コンマスからのお誘いだわ。下心見え見えね」

ミサは既読スルーを決め込む。
異性にもフレンドリーで、かわいらしいミサは、団内男子の数名からアプローチされていたが、特定の男子と付き合うことはなかった。そんなミサを団内の女子は「魔性の女」と揶揄していた。

ミクの心の声(そろそろここも おいとましようかしら。その前に、ミサの想いをかなえてあげよう)

そう ミサの愛犬ミクは、人間の言葉を理解し、文字も楽譜も読めるのであった。

(まったく ピチカート 音が跳躍するところでいっつも 遅れるんだよねー)

練習中に吠えるのには理由があったのだ。さらにもう1つすごい能力が。

ミクがミサの家に来たのは、ちょうど1年前。降りしきる雨の中、公園の滑り台の下で雨宿りをしていたミクを可哀そうな捨て犬と思ったミサが抱きあげて連れてきたのであった。ミクは、気ままな旅の途中で困っていたわけではなかったが、ミサの動物愛護精神を尊重することにした。

(ほんとうにミサは心の優しい子。魔性なんてとんでもない。あの人 に一途だし。明日は、雷雨か。よし!)
 
よくあるパターン 雷に打たれた ミサ と ミク の心と体の入れ替わり

「ミサ 隠れグラマーだったのね。肩がこるわ」

「ワン!」

犬になったミサは、恥ずかしそうに小さく吠えた。

「じゃあ でかけるわ。 あの人 を絶対落としてみせる。心配しないで。うまくいっても合体はしないから」

「ワン! ワン!」

ミサは やめて! と吠えたが、ミクは楽器ケースをかついで出かけてしまった。

チャイコフスキー交響曲第4番をメインとした演奏会後の打ち上げの3次会はラーメン店。

女子はミサの体に入ったミクとラッパのアサミ。男子は2楽章のソロが見事だったFgのN氏と、セコバイトップのT氏。

「今日のミサちゃん 3楽章のピチカートばっちりだったね。昨日までとは別人みたい」

(あの人 とは、このT氏なのね、よ~し。)

「Tさんのリードがよかったからですよ。お礼に私のナルト食べて。ア~ん」

ここでミクは、魔法をかけた。

(お ち た。)


翌日

「戻った~」

目覚めたミサは自分の体を取り戻し、安堵した。

「あれ ミクちゃんがいない」

机の上に置手紙が残されていた。

『ミサへ 1年間 楽しかった。ありがとう。もう戻らないので探さないでね。最後にプレゼント あの人とデートの約束をしたのよ。今日の12時に井之頭公園の野外ステージで。幸運を祈る』

ミサは、手紙を押し抱いて涙ぐんだ。

「ミクちゃん ありがとう」

井之頭公園野外ステージにて、ミサはドキドキしながら あの人 を待っていた。
そこへ、T氏が現れた。

「ミサ! 愛しのミサ!」

とミサに抱きつこうとする。

「えっ なんでTさんなの やめて! 来ないで!」

2人の追いかけっこが始まった。

「なんなの! あなたじゃない。ミクのバカ! バカ犬!」

ミサは、とうとう追い詰められた。
T氏の目は、ナルトのように ぐりぐりと不気味に回っている。

「誰か助けて!」

そこへ、本当の あの人 が現れた。
あの人により、T氏はノックアウト

井之頭公園の池のほとりのベンチで、2人は手を取り合っていた。

「まさか、あなたも同じ想いだっただったとは」

「大好きだよ。ミサ」

ドルチェなファーストキス
 
その頃、犬の姿に戻ったミクはT氏の顔を舐めていた。

(ワタシとしたことが、大はずししちゃった。でも結果オーライよね)

「あれ 俺はどうしてここに。 それにしても腹へった~ ラーメン食いて~」

ミクはしっぽを振ってT氏の周りを駆けた。

「ワン ワン!」(ナルトたっぷりね!)


おしまい
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