『校舎の床下』

文字数 1,541文字

家の敷地の草取りをしています。砂利を敷いていても雑草は伸びてきて、月に1度は草を取らないと、どこまでも茂って手に負えなくなります。

日中の陽射(ひざ)しを避けて、陽の傾く頃合いから草取りを始めて、少しずつ。ネコが砂利の上に寝そべって、その様子を眺めています。

花や種をつけた雑草の束を手元に積み重ねて、ふっと、思い返します。わたしが子供の頃、小学生だったときの出来事。

わたしが通っていた小学校にも、七不思議や怪しげな噂話があって、休み時間の教室でそういう話題が聴こえてくると、わたしは心惹かれて、じっと席に座りながら、同級生たちの話し声に耳を澄ませていました。

「この小学校が建っている土地には、昔、お墓が並んでいた」

あるとき。そんな噂話が、学年の生徒のあいだで広まったことがあります。

「音楽室の床に、ほんの少しだけ、ひび割れて細い穴が開いていて。そこを(のぞ)くと、お墓があった証拠が見える」

そんな会話も聴こえてきて。わたしは、その証拠のことがどうしても気になって、放課後に音楽室へ行って、確かめてみようと決めました。

小学校は、年季の入った2階建ての木造校舎。横長な建物の両端(りょうはし)に、体育館がありました。第1体育館は広々として、第2体育館はこじんまりとして。両端の体育館は、校舎内を通る2本の長い廊下で結ばれていました。北廊下と南廊下。

校舎は昔に増改築されていて、建物の中央の辺りから第2体育館までは旧棟で、そこに第1体育館のある新棟が建て増しされた、そんな造りでした。どれくらい昔に施工されたのか、わからないけれど。

生徒玄関は、それぞれの体育館に併設(へいせつ)されていました。来る日も来る日も、あの玄関で上靴に()き替えていた光景を覚えています。

廊下には教室が並んで、階段があって。中庭には花壇があって、鉢植えが並んで。校舎の中央に、職員玄関や教員室。購買部(こうばいぶ)という小さな売店があって。

下校時刻になって、わたしは(ひと)りで、廊下の床鳴りを聴きながら、新棟の1階にある音楽室へ行きました。放課後の校舎に人影はなくて、物静かで薄暗くて、お墓があったという噂も、なんだか、本当のことのように思えました。

音楽室の引き戸を開けて、誰もいない教室に入って。奥にある、アコーディオン式のカーテンで仕切られた、楽器収納庫の床板を調べました。木材の傷んだところに、ほんの少しだけ、同級生たちが言っていた細い穴があって。わたしは、床に顔をつけるようにして、その穴を覗きました。

校舎の床下の、土と砂。そこに干涸(ひから)びて黄土色になった、長細い一輪の花が添えられていました。

わたしは、しばらく、その枯れた花を見つめていました。なんだか、親しい人から見放(みはな)されてしまったような気分になって、ゆっくりと立ち上がって、放課後の音楽室から出て行きました。

からからに乾いて、()せ枯れた花。誰かが、いたずらで置いただけなのかもしれないけれど、校舎の床下に何処から潜り込むのか、わたしには、わかりませんでした。

あの土地にお墓が並んでいたのか、枯れ花のことも、本当のところは、わからず(じま)いです。きっと、ただの噂バナシ。今はもう、校舎も取り壊されました。

あの小学校のこと。音楽室があった新棟よりも、わたしは旧棟に(さび)しげな雰囲気を感じていて、下校時刻を過ぎると、旧棟を避けるように、行かないようにしていたことを思い出しました。

敷地の雑草は、まだまだ残っているけれど、今日の草取りは、ここまで。取り除いた雑草を山積みにして、そのまま、陽射しで乾燥させておきます。涼しげな季節に移り変わる頃、片づけやすいように。

敷地の一角に植えた香草(こうそう)繁茂(はんも)して、風が吹くたびに良い香りがします。ネコが香草の葉の匂いを()いで、茎を少し()んでみて、土を前足で少し掘ってみて、また寝そべっています。
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