第2話

文字数 1,850文字

 二日後。メールのやり取りをして、西沢の在籍する東海総合大学のキャンパスを訪ねた。
 輪ゴム研究会という彼の所属するサークルの扉を叩くと、幾人かの学生と共に西村と名乗る青年が現れた。彼は今どき珍しいくらいの大きな黒縁の眼鏡をかけており、体格はやせ形で、一昔前のもやしっ子といった表現がぴったりな印象であった。
 西村は若者らしいハキハキとした口調で、「柳沢先生から話は聞いています。僕の特技が全国に知れ渡るのであれば、こんなに光栄なことはありません。サークルの宣伝にもなるし」と、笑顔を見せた。
「早速ですがお訊きします。西村さんの掲げる輪ゴムの天才とは具体的にどのようなものですか?」
 立ち話のまま話は進む。何せ四畳半程度の散らかった部室に高岡を含めて八人もの男女がひしめき合っているのだから、とても座るどころではなかった。たかがと言っては失礼かもしれないが、輪ゴムごときにこれだけの学生が集まるのだから、よほど人気があるサークルに違いない。
「百聞は一見に如かず。先ずはこれを見てください」
 そう言って西沢は輪ゴムの入った紙製のボックスを取り出した。まだ封の切られていない新品であることは一目でわかる。
「これはスーパーなどでよく見かける、ごく一般的なタイプの物です。およそ七百本入っている筈です。不正が無いように高岡さんが開けてもらっていいですか」
 受け取ったボックスに細工が無いことを確かめ、促されるままに箱を開けると、部員の一人が持っているトレイにぶちまけた。一見何の変哲もない普通の輪ゴムに見える。
「僕はこの中から、触っただけで一番強度の強いゴムを見つけることができます」
 そう言って西沢は輪ゴムを両手で触り出した。事前に何も持っていないことは証明済みであり、袖もめくっているので、別の輪ゴムが侵入する余地は無かった。仮に入ったところでまったく見分けがつきそうもないから、仕掛けのあるゴムがあるとは思えない。
 西沢は一つずつ丁寧に選別していく。高岡はハンディタイプのビデオを回しながら一心不乱にその様子を観察する。そして三十分経ったとき、彼はその中の一つを高々と持ち上げた。もちろんその間、一寸たりとも目を離していない。
「これです。これこそがこの中で最強の輪ゴムで間違いないです」
 西沢はポチ袋を差し出すと、高岡はその輪ゴムを中に入れ、セロファンテープで封をした。念のためにと袋の上からサインをして、高岡のジャケットの内ポケットにしまい込む。これで高岡以外の者が輪ゴムをすり替えることはできない。
「そうですか。でもどうやってそれを証明するんですか?」
 するとメンバーの一人が手作りと思われる簡易的な装置を取り出してきた。金具の両端に輪ゴムを引っ掛けるところがあり、レバーと連動して横に広がる仕組みのようだった。それを壁際にある小さな台に乗せると、今から証明しますと言ってその装置にトレイの上で山となっている輪ゴムの一つを装置にかけた。
「これは輪ゴムの強度を計る装置で、『ノビ~ルくん三号』といいます」
 それからゆっくりとレバーを動かすと、かけられた輪ゴムは横にどんどん伸びていく。意外と伸びるものだと感心しながら眺めていると、元のサイズの十倍ほど伸びたところでぷつりと切れた。部員のひとりは長さを計測し、レポート用紙に記入する。
 地道な作業であり、七百本もあるのでやたらと時間がかかる。見ている部員たちも退屈なのか、一人減り、二人減り、いつの間にか七人いた部員も今や二人しか残っていない。
 欠伸を連発しながら、眠くなる目をこすり、ようやく全部計り終えたところで西村の選んだ輪ゴムの測量となった。高岡はポケットからサイン付きのポチ袋を取り出すと、その封を切る。
 これまでの最高が七十五・二センチ。果たして彼の選んだ輪ゴムはというと、七十五・四センチだった。わずか〇・二センチとはいえ、最強であることは間違いない。とても偶然とは思えないのだから、彼の天才ぶりが証明されたことになる。
 しかしあまりにも地味で、しかも時間が掛かり過ぎる。部室を訪れた時はまだ午前中だったが、今はとっくに日も落ちて、夜中の三時を少し過ぎていた。それに西村が天才なのか、ただのマジシャンなのかよく判らない。途中で何度かテープを交換したとはいえ、全ての過程をVTRに録画してあったが、後で検証する気すら起きない。
 高岡は一応候補に入れたものの、とてもスタジオで披露できたものではないと確信して、誰もいない真っ暗な大学を後にした。
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