第1話

文字数 1,632文字

 これが悩まずにいられるだろうか。
 上司からの無茶ぶりをこれまで幾度となく乗り越えてきたが、今回はレベルが違う。知られざる天才なんておいそれと見つかる訳がない。命令する方は簡単だが、それがどれだけ難しいことか自分がやってみろってんだ。
 この話はそんな高岡が実際に体験した、あるテレビ番組における制作秘話をまとめたものである。

 話のきっかけはこうだった。
 上司であるサンサンテレビの金井ディレクターがとある企画を立ち上げた。それは天才を集めてスタジオで紹介するというありがちな番組なのだが、メジャーリーグで活躍したイチローやiPS細胞でノーベル賞を受賞した山中伸弥教授などといった名の知れた有名人なんかではなく、これまでメディアに紹介されていない、知られざる天才を発掘するというものであった。それもスポーツや学術の分野では無くて、例えば本を一回読めばすべての文章を記憶できるとか、目隠しでジグソーパズルを完成させるといった、ごく狭い範囲でのカテゴリーで飛び抜けた才能の持ち主を見つけなければならないという。
 AD(アシスタントディレクター)である高岡はこの企画を受けた段階では軽く考えていた。どうせインターネットで検索すればごまんとヒットするだろうと思ったからだ。
 しかし金井の指示はそういうレベルでは無かった。情報溢れる現代社会で、それではインパクトがないと。とにかく足で稼げというのが最近の金井ディレクターの口癖であった。

 果たしてそんな天才がネットに載らないなんてことがあるだろうか。
 思案に暮れる高岡は取りあえず知り合いの新聞記者に電話した。彼は大学時代からの親友であり、幅広い人材の持ち主であった。彼ならば適合する情報を知っているかもしれない。
「う~ん。悪いが俺は知らない。だけど彼女ならばひょっとして……」
 そう言って紹介されたのは『超化学研究所 ウィローズ』の所長である柳沢美津子女史であった。御年五十二歳になる彼女は知られざる逸材の調査に置いて、この分野では知らない者はいないと称されるくらい有名らしい。
 高岡は電話を切るや否や、教えられた電話番号をプッシュ。アポを取り付けると、三日後にウィローズまで足を運ぶこととなった。

 たどり着いたのは小さな雑居ビルで、研究所は狭い入り口から階段を昇った四階にあった。薄汚れた廊下には扉に○○興行や××商事といったよく判らない名前の表札があり、目的の超化学研究所のウィローズはその一番奥だった。
 ノックをして出てきたのは、五十代とみられる女性であり、彼女こそが柳沢美津子女史と思われる。
「今日はわざわざお越しくださいましてありがとうございます」
「こちらこそお忙しい中、依頼を受けて頂いて恐縮です」
 お互いに名刺交換を終え、促されるままにソファーに身を置く高岡は委縮しながら出されたお茶をひと口すする。見渡すとそこは八畳ほどのワンフロアで、研究所という割には、本やファイルなどが一冊も見当たらない。応接セット以外では簡素なデスクの上にノートパソコンが一台あるだけのシンプルな配置で、所長という肩書であるにもかかわらず、おそらく所員は柳沢女史一人であることが推測された。
「要件は電話でお話しした通りです。柳沢さんの研究は特異な分野で活躍されている人材の調査でしたよね。よろしければ誰か紹介してもらえないでしょうか」高岡は早速用件を切り出す。
「わたくしで良ければ協力は惜しみませんわ。どれほどお役に立てるか判りませんけれど」
 そう言って紹介されたのが輪ゴムの天才だった。名前は西沢と言って、まだ大学生であるが輪ゴムに関しては右に出る者はいないという。
「輪ゴムの天才とは一体どういうことですか?」思わず訊き返してみたが、詳細は本人から直接伺ってくださいとの事で、彼の情報は一切語ろうとはしない。
「ありがとうございました。早速連絡してみます」
 高岡は謝礼を支払う契約書にサインしながら礼を告げると、ウィローズを後にした。
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