2022.10.17〜10.23
文字数 1,679文字
///うたた寝///10.17
そのとき私は自分を取り巻く空気の温度が変わるのを感じた。それは深い海の底で温度の違う二つの海流が交わるような、急激で激しくしかも滑らか変化だ。
その交わりはほんのひととき私を混乱させたけど、次の瞬間には柔らかな流れとなってこの身体を運ぶ。
それは優しい陽だまりの中でのうたた寝のような時間だった。
///しかめっツラ///10.18
その店の客層の中心は比較的余裕のある近隣の主婦たちや、思想的にやや偏りのある自称文化人達だ。
私はそのお客たちがあまり好きではない。
健康志向みたいなこと言いながら上品ぶっているが、家ではカップ麺とか食べてる。きっと。
それに地球環境が危ないからナチュラルに暮らしてます、みたいなその理論は見事に破綻している。
生き方も思想も自由だと、ほんとに思っているし、他人の前で精いっぱいの無理をするのも、破綻している理屈を必死で押し通そうと冷や汗をかくこともチャーミングだと思えたりもする。
それなのにあの人たちのことが好きになれないのは、私の自由をしかめっツラして遠巻きに見るからだろう。
///謝罪したい///10.19
まだ電車に乗り慣れない子供の頃、いつも不安でいっぱいだった。
べつに怖い目にあったわけじゃ無いし、ひとりで途方に暮れたわけじゃない。側にはいつも信用できる大人がいたし、その人達は必ずこう言った。
「大丈夫。間違ってないから」
信用できるはずの人が言うことをどうしても信じられない。私の不安は彼らにとってきっと、かなりめんどくさいものだったろう。
車輌が動き出すと必ず私はこう言った。
「逆だよね!逆方向だよね!電車まちがってるよね!」
そう。私たちの乗った車輌は100パーセントの確率で私が予想していたのと反対の方向に動き出す。
駅の中で方向を見失うことは大人だってあるのだから、子供だったらなおさらだ。でも、100パーセントはなかなか無いかな。ある意味才能かもしれない。
こんな私でも大人になった今では人並みの方向感覚を身につけているのだから不思議なものだ。
ただ、今でも申し訳なく思う。いつも疑ってごめんなさい。いつも間違っていなかったのに。
///その街///10.20
その街にはどことなく古い感じのする造りの家々が並び、人通りはあまりない。
しばらく走れば当然のように目に入るはずのコンビニや飲み物の自動販売機も見当たらない。
映る景色は少なくとも私の日常にある風景とはどこか違っている。
遥か遠くにはそれほど高くはない山が見える。私は少し広くなっている道の脇に車を停めてエンジンを切った。
とても静かなところだった。
車の音が消えてしまうと、物音はほとんどしない。
時々どこかで鳥が鳴いた。
///けっこうある。///10.21
ある心理学者によれば、人は無意識のレベルで他人と繋がっているという。
意識のレベルでは会話もしていないし会ってすらいない人、極端にいえば、地球の裏側で生活している見ず知らずの他人とでも、潜在意識のレベルで交流しているという説だ。
一見信じ難い話のように思う。でも、そう考えると説明のつくことがあるよね。
うん、結構ある。
///シェルター///10.22
外では世界が終るかのような激しい戦闘が続き、おびただしい量の血が流れている。
地鳴りを生む爆音も闇を裂く閃光も、ここにいると微かなざわめきを感じるにすぎない。
これが本当の平穏でないことはもちろん分かっているが、武器を手に外へ飛び出したところで、闘う相手すら分からないだろう。
そう、いま私はまるで核シェルターの中にいるような気分で生きている。
///しなやかな抹殺///10.23
ケタ違いに強大な力が、コツコツと積み上げた大切なものをゼロにしてしまう。
それは決して乱暴なものではなく、そよ風がロウソクの火をそっと吹き消すみたいなもの。
その風はどこから吹いて来るのか分からず、それどころか風が吹いたことにすら気がつかない。
だから炎を守る隙も無く、気がついた時にはもう既に消えてしまっている。
うっとりするほどしなやかで、涙も出ないほどの巧みさがそこにはある。
そのとき私は自分を取り巻く空気の温度が変わるのを感じた。それは深い海の底で温度の違う二つの海流が交わるような、急激で激しくしかも滑らか変化だ。
その交わりはほんのひととき私を混乱させたけど、次の瞬間には柔らかな流れとなってこの身体を運ぶ。
それは優しい陽だまりの中でのうたた寝のような時間だった。
///しかめっツラ///10.18
その店の客層の中心は比較的余裕のある近隣の主婦たちや、思想的にやや偏りのある自称文化人達だ。
私はそのお客たちがあまり好きではない。
健康志向みたいなこと言いながら上品ぶっているが、家ではカップ麺とか食べてる。きっと。
それに地球環境が危ないからナチュラルに暮らしてます、みたいなその理論は見事に破綻している。
生き方も思想も自由だと、ほんとに思っているし、他人の前で精いっぱいの無理をするのも、破綻している理屈を必死で押し通そうと冷や汗をかくこともチャーミングだと思えたりもする。
それなのにあの人たちのことが好きになれないのは、私の自由をしかめっツラして遠巻きに見るからだろう。
///謝罪したい///10.19
まだ電車に乗り慣れない子供の頃、いつも不安でいっぱいだった。
べつに怖い目にあったわけじゃ無いし、ひとりで途方に暮れたわけじゃない。側にはいつも信用できる大人がいたし、その人達は必ずこう言った。
「大丈夫。間違ってないから」
信用できるはずの人が言うことをどうしても信じられない。私の不安は彼らにとってきっと、かなりめんどくさいものだったろう。
車輌が動き出すと必ず私はこう言った。
「逆だよね!逆方向だよね!電車まちがってるよね!」
そう。私たちの乗った車輌は100パーセントの確率で私が予想していたのと反対の方向に動き出す。
駅の中で方向を見失うことは大人だってあるのだから、子供だったらなおさらだ。でも、100パーセントはなかなか無いかな。ある意味才能かもしれない。
こんな私でも大人になった今では人並みの方向感覚を身につけているのだから不思議なものだ。
ただ、今でも申し訳なく思う。いつも疑ってごめんなさい。いつも間違っていなかったのに。
///その街///10.20
その街にはどことなく古い感じのする造りの家々が並び、人通りはあまりない。
しばらく走れば当然のように目に入るはずのコンビニや飲み物の自動販売機も見当たらない。
映る景色は少なくとも私の日常にある風景とはどこか違っている。
遥か遠くにはそれほど高くはない山が見える。私は少し広くなっている道の脇に車を停めてエンジンを切った。
とても静かなところだった。
車の音が消えてしまうと、物音はほとんどしない。
時々どこかで鳥が鳴いた。
///けっこうある。///10.21
ある心理学者によれば、人は無意識のレベルで他人と繋がっているという。
意識のレベルでは会話もしていないし会ってすらいない人、極端にいえば、地球の裏側で生活している見ず知らずの他人とでも、潜在意識のレベルで交流しているという説だ。
一見信じ難い話のように思う。でも、そう考えると説明のつくことがあるよね。
うん、結構ある。
///シェルター///10.22
外では世界が終るかのような激しい戦闘が続き、おびただしい量の血が流れている。
地鳴りを生む爆音も闇を裂く閃光も、ここにいると微かなざわめきを感じるにすぎない。
これが本当の平穏でないことはもちろん分かっているが、武器を手に外へ飛び出したところで、闘う相手すら分からないだろう。
そう、いま私はまるで核シェルターの中にいるような気分で生きている。
///しなやかな抹殺///10.23
ケタ違いに強大な力が、コツコツと積み上げた大切なものをゼロにしてしまう。
それは決して乱暴なものではなく、そよ風がロウソクの火をそっと吹き消すみたいなもの。
その風はどこから吹いて来るのか分からず、それどころか風が吹いたことにすら気がつかない。
だから炎を守る隙も無く、気がついた時にはもう既に消えてしまっている。
うっとりするほどしなやかで、涙も出ないほどの巧みさがそこにはある。