第1話

文字数 1,237文字

はるちゃんは、丘の上の病院にいます。
もうずいぶん長く入院しているのです。
春には小学校へ入学するはずでしたが、その願いは かないませんでした。
6階の窓側のベッドが、はるちゃんの場所で
ベッドから体を起こすと街の景色がよく見えます。
春には桜で街がピンク色になり、
夏はうるさいくらいセミの大合唱が始まります。
秋には、焼き芋屋さんが来るのをワクワクしながら待ちました。
はるちゃんが見ている景色は、
病気で沈みがちな心を和ませてくれる万華鏡のようなものでした。
そんな中でも病院へ向かって歩いて来るお母さんを窓から見るのが はるちゃんは1番好きでした。
今日も、セミの大合唱を聴きながら汗を拭き拭き坂を上がってくるお母さんをニコニコ顔で見ていました。
6階の病室のドアを開けた時のお母さんの笑顔は、はるちゃんにとっていちばんの薬なのでした。

お母さんは毎日、絵本を読んでくれます。
今日読んで貰うお話は「魔女の花」だと決めていました。
そのお話はこうです。

森の奥深くに魔女が植えた虹色の花が一輪咲いていました。
偶然その花を見つけた村人が持ち帰り、砂漠に植えると虹色の花は枯れてしまいましたが、
砂漠は一夜で緑の森になりました。
でも、虹色の花が咲いていた森は一夜で砂漠に変わってしまったのです。魔女は砂漠になった自分の森を見て嘆き悲しみ号泣しました。
魔女の涙は大雨となり乾いた砂漠にしみていきました。
そして、しっとりと濡れた砂漠から虹色の花の
芽がたくさん出てきて 一夜で砂漠は虹色の花の森になりました。

砂漠が緑の森になる話を聞きつけた、
いろいろな国の人達が、虹色の花を一輪ずつ持ち帰りました。そのかわりに、その人達は自分の国の花を魔女の森に植えていったのです。
魔女は、虹色の花がたくさん咲いているので、
花を持っていかれても怒る事はありませんでした。
虹色の花のおかげで、国を緑豊かな森にする事が出来たと 人々はたいそう喜びました。
魔女の花の森は、いろいろな国の花が咲きみだれ いつしか宝石箱のような色とりどりの花が咲きみだれる森になりました。
魔女は一生分の涙を流したかわりに
宝石箱のような森を手にしたのでした。
おわり

何度読んで貰っても、また聞きたくなる、
はるちゃんの大好きなお話しです。
そんな楽しい時間も、夕飯を食べ終わると 
お母さんは「また明日ね」と笑顔で帰っていきます。
坂を降りて行くお母さんの背中を見るのがいちばん淋しい時間でした。

お母さんが帰った後、はるちゃんは いつものようにベッドで横になり空を見上げます。
今日もその場所に、その雲はいました。
「今日は、クマさんみたい」
いろんな形に姿を変える小さな雲を、はるちゃんは毎日見ています。
「昨日の雲は、ホットケーキみたいだった」
はるちゃんは嬉しそうに空を見上げていました。
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見てる、見てる、今日も元気そうだ。
良かった。ちゃんと見えてるかな?
今日はクマさんだよ。
青空に浮かんだ、クマの形の小さな雲は嬉しそうに はるちゃんを見ていました。
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