第5話

文字数 1,055文字

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シャボン玉を飛ばした日から、はるちゃんは
小さな雲に夢中でした。
雲が毎日、形を変えて見せてくれるのですから、
夢中にもなります。
それにいつも同じ場所にいるのですから。

でも小さな雲の事は はるちゃんにしか
わかりませんでした。
他の人には小さな雲も大きな雲も、変わった形も ただの雲としか見えなかったのです。
はるちゃんが あの雲は動かないんだよと
看護師さんに話した時も、最初は少し関心を持ったようでしたが、その内に空を見る事なく忙しそうに働いていました。
動かない雲がいるなんてありえない事だったのですから無理はありません。
いつしか はるちゃんは小さな雲の事を誰にも話さなくなりました。

夏も終わり、窓から葉っぱのパッチワークが見えるようになりました。
はるちゃんは少し前にお母さんを見送ったばかりです。
「今日の雲さんは、、アヒルさんだかわいい」
嬉しそうに笑っていた はるちゃんですが、
アヒルの遠く後の方に、大きな黒い雲が広がっているのが気になりました。

「みんなー 台風が近づいているから夜は窓が
ちょっとうるさいかもしれないけど、心配いらないからね、怖かったら呼んでね」と
看護師さんが笑顔で出ていきました。
台風がくるんだ。
はるちゃんは空に浮かんでる
アヒルを見て不安になりました。雲さん大丈夫かなぁ

その夜は、はるちゃんが初めて経験する怖い夜でした。
黒い大きな雲はあっと言う間に街中に広がり、
街の明かりも 雨でぼんやりとしか見えなくなり、窓には飛んで来た木の葉がバチバチとあたり、窓ガラスがミシミシと鳴り、今にも割れそうな気がしました。
病室の中は、怖いよー怖いよーの大合唱。
みんな布団を頭から被り小さくなっています。
はるちゃんも台風は怖かったけど、それよりも
小さな雲の事が心配でたまりませんでした。
もしかして雲さんが、いなくなってしまうかも。もう会えなくなるかも。そんな事を考えていると 目をつむってもなかなか眠る事が出来ない夜でした。 

それでも、いつの間にか寝っていたようで、
はるちゃんが目を覚ました時には、カーテン越しに暖かな太陽が感じられました。
台風が去っていつものように静かな朝が来ていたのです。
「雲さん!」はるちゃんはカーテンを開けて雲を探しました。
真っ青な空のいつもの場所に、にっこり笑っているカエルがいました。
「雲さん!よかった」はるちゃんは
満面の笑みで小さな雲を見ていました。
小さな雲がその場所を動かなくなって、
1年以上の間に、はるちゃんと小さな雲のつながりは、いっそう強くなっていたのです。
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