◇4

文字数 1,105文字

 章乃は胸に手を当て、鼓動を確かめながら空を見上げた。流れる雲はどこまでも自由だ。自分も自由になりたい。風に乗って健祐の元へ飛んで行けたなら。そんな他愛もない考えが頭を巡る。
 一年四ヶ月振りに再会した健祐は、見違える程たくましく成長していた。以前の丸みを帯びた少年の顔つきは影を潜め、頬骨が張り出し、頬はこけ、顎あたりの輪郭線も鋭角な形を浮き彫りにしていた。精悍ささえ漂っていた。身長も自分とは首ひとつ程も高かった。息を呑む程の魅力的な成人男性の雰囲気を全身にかもし出していた。
 なのに自分ときたら、幼顔だし、ちっとも美人でもない。とても、とても、健祐に相応しい成熟した大人の女性だとは、恥ずかし過ぎてお世辞にも言えない。容姿から振舞いまで、何もかもが稚拙なのだ。章乃はそんな自分にがっかりする。
 ──でも、こんな自分でも健祐は本当に愛してくれるのか?
 ──抱き締めてくれるだろうか?
 章乃は身を横たえると、目を閉じた。健祐の胸に顔を埋める己を想像した。横向きで両腕を交差させ、自らの肩を抱き寄せてみる。しばらくそのままの姿勢を保った。
 また静かに目を開けると同時に、涙がひとしずく頬を伝って枕に染み込んだ。
「涙なんて嫌いなのに」
「章乃、章乃……」
 ドアの外で母の声が聞こえた。
「はい」
 涙を拭いて返答する。
 ドアが開いて母が顔を出した。部屋の外からこちらをうかがう。母の明るい表情が章乃の乱れた心を落ち着かせる。
「お昼用意できてるけど……」
「もうそんな時間? お母さんごめんなさい、欲しくないの」
 母は部屋に入って、ベッドの縁に腰を下ろした。
「スープ作ったけど……あなたの好きな味よ」
「ありがとう、でも、まだいい。もう少しあとにするわ」
 母は心配げな面持ちで額に手を当ててきた。ひんやりとした手の感触は、たった今、炊事を終えたことを意味している。自分のために折角昼食をこしらえてくれたのに、拒んだことを後悔した。
「熱はないみたい」
「熱はあるの」
「ええっ?」
 母は困惑した表情に変わる。
「私、お熱なの……」
「健ちゃんに?」
 少し間を置いてそう言うと、母はクスッと笑う。
 章乃は肩を竦め、手鏡を握った。
「顔色も申し分ないわね。ね、そうでしょう?」
「そうね……」
 母は章乃の顔を覗きながら微笑んだ。「じゃあ、お腹空いたら呼ぶのよ」
「分かったわ。ありがとう、お母さん……」
 母はベッドから腰を浮かせ、ドアの方へ歩み、部屋を出ようとした。
 章乃は「待って」と咄嗟に母を呼び止め、その顔に視線を向け、直ぐに窓外へ移した。
「お母さん、お願いがあるの……」
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