サメの五目ちらし

文字数 1,579文字

 どうも皆さん、こんばんは……ここは地獄の一角にある、遊郭です。私一人のために多くの小鬼達のゆりかごと化したここで、三百年以上子供の体をしたまま私は母をしています。
 というのも、ここに来る前の私は男でした。その頃に犯した罪によって、この姿で償いをすることになったのです。

――鬼になる前は、ありふれた社会人として日々を過ごしていました。裕福とは言えないものの、充実した独身生活を過ごしていた記憶があります。そんな日々が変化したのは、社員旅行の自由時間に妻となる女性と出会ったことでした。
 妻はすごくきれいな女性だったことは覚えています。ですが同時に、変わった人でもありました。夜の営みを毎日のように求めてくるのです。元気にあふれていた頃は喜んで相手をしていましたが、この生活が一か月も経たない内に仕事に差し障るほどの疲れを溜めこむ原因と化していました。それでも妻は、回数を減らしながらも頻繁に求めてきましたね。
――ですが優しいところもある妻とも思っていました。過労が原因で休職した時、家事を全部代わりにしてくれました。料理も上手で、練り物ばかりを好んで出すのは不思議でしたが、脂身の少なく高たんぱくな食事を用意してくれていたのでしょう。その時私は、彼女をとても良い妻と思っていました――ここに来る日までは。



 ここに来た時、私は女の子の鬼となっていて、目覚めた直後に閻魔様のところへ連れていかれました。死んだことすら自覚していなかったあの時に初めて見た、この地獄の景色……三百年以上経った今ではとうに慣れてしまいましたが、その時は恐怖としか言いようがありませんでした。
 閻魔様は私の罪とそれを償う方法を、即座に話しました。私の犯した罪は子殺し。長きにわたって自分の子供を殺し続けたと言われました。ですがそもそも、私と彼女の間に子供なんて一人もいません。私は怒って反論しましたが、閻魔様は言いました。

『お前の妻は、サメの娘だ』
『お前はサメの娘と交わり、その娘が産んだ子ザメを毎日食べてきた』

 信じられない言葉でしたが、その瞬間頭痛と共に記憶がよみがえりました。地獄に来る直前の、自分が死ぬ瞬間が。荒らされた自宅で待つ妻の無事を願いながら、寝室にいると探し当てた時。

――そこにいたのは妻ではなく、サメだったということを。そのサメが自分の首を食いちぎって、もうろうとする意識の中。そのサメが人間の女に変身したこと。顔は思い出せなかったのですが、きっと妻だったのでしょう。



 その事実を知った私は、妻こそが地獄に堕ちるべきだと最後まで訴えました。ですが閻魔様は『自分は人間以外の動物を管轄していない』と言って、聞き入れてもらえませんでした。そしてこの遊郭で、償いの日々が始まったのです。

――その償いとは、食べてしまった子ザメ達の分だけここで小鬼を産むこと。それも丈夫ではない子供の体で。しかも母体にどんな危険が及んでも、死ぬことができない苦しみを受けながら。

 ここに来てからは色々な鬼に抱かれました。単純に女をおもちゃとしか思っていない乱暴者、妻子がいるのに閻魔様の命令のおかげで堂々と不倫ができると嬉々する者、逆に閻魔様の命令で望まぬ不倫を強いられその怒りを私にぶつけるもの……良心的な父になってくれる鬼なんて、一人もいませんでした。

 もうここで三百年以上過ごしていますが、私が出産した小鬼の数は食べてしまった子ザメの半分にも到達していないようです。
 子供の体で償いをさせられている以上、死産になることもかなり多いのですが、死産を合わせた数で計算してもまるで足りないようです。きっともう、ここから出ることができる日は来ないのだろうと思います
 大昔の遊郭は女性にとってこの世の地獄だと言われていましたが、きっと本物の地獄にある遊郭と比べたら格段に優しかったと信じたいです。
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