第1話 期待の新人
文字数 1,744文字
「おはようございます、亀田と申します。どうぞよろしくお願いします」
その日、中途採用の新人として入社してきた彼は、明るくさわやかに挨拶をした。事前にチェックした履歴書によると、既婚34歳の彼は東京の某美大卒、前職もグラフィックデザイナーで、デザイン事務所の即戦力としてはもってこいの人材のようだ。
ウチは所属デザイナー12名と、規模こそ大きくはないが、ここ鳥取ではそこそこ信頼を得ていくつかの顧客を抱える中堅デザイン事務所である。私は勤続15年目の40歳、一応デザイナーをまとめるチーフという肩書きが付いている。
「じゃあ山本君、あとは任せたよ」
そう言うと、社長はいつものようにフラリとどこかに出て行った。まったく自由な人だ。しかし地元に根付いたデザイン会社を、一人で興してここまで盛り立ててきたのだから、その力量たるや大したものである。
「チーフの山本です。よろしくお願いします」
私は簡単に自己紹介を済ますと、新人の亀田さんを、空けておいたデスクに案内した。
「これが亀田さんのマック。使いやすいように自由にいじってもらっていいですよ。何かあったら聞いてくださいね」
「はい、わかりました」
亀田さんはハキハキ返すとさすが経験者だけあって、慣れた様子で自分用のフォルダなどをサクサク設定しだした。デザイナーの必須アイテム、イラストレーター(注:デザイン用ソフトウェア)の扱いも手慣れたものである。
(よし、いい感じだ)
最近とみに忙しく、猫の手も借りたいところだった私は、やっと来た即戦力にホッと胸を撫で下ろした。デザイン事務所というものは何しろ激務で夜も遅く、かといって給料がさほど良いわけでもないので、なかなか人がいつかない。だから「できる新人」は、本当に貴重でありがたい存在なのである。
そうこうするうちやがて昼休みの時間となり、私は亀田さんを誘って、会社近くの安くておいしいランチを出す行きつけの喫茶店に行った。
「とりあえずお疲れ様でした。ところで亀田さんは、ずっと鳥取なんですか?」
「いや、違うんですよ。じつはですね……」
亀田さんの、ウチに来るに至った経緯の話が、なかなかに衝撃的だった(履歴書に職歴もあったはずだが、私はあまりじっくり見ていなかった)。
実家は埼玉。東京の美大を卒業後はそのまま東京の映像製作会社に入社したが、昼も夜もない超絶多忙な生活で体を壊してしまい、1年経つかたたないかで辞めざるを得なかった。
大学では元々グラフィックデザインを専攻していたので、やはりグラフィックデザイナーでやっていこうとデザイン事務所に就職。しかしそこの上司とどうしてもソリが合わず、こちらも1年ほどで退社。
それから実家のある埼玉に戻り、地元の商店街にある小さな印刷会社で、スーパーのチラシなどのデザイン担当として働くことに。そこで事務をしていた奥さんと知り合い、結婚する運びとなる。
「まあ、生活も安定してましたし仕事もキツくないし。何より勝手知ったる地元ですから、共働きの妻と二人、そこそこ不自由のない暮らしではあったんですけどね、やっぱりつまらないんですよチラシだけじゃ。僕は美大出ですからね、もっとこう、クリエイティブなことがしたかったんです」
なるほど、東京の有名私立美大卒だからなあ。譲れないプライドもある事だろう。
「で、5年前の正月に伊勢神宮を参拝、まあこれは毎年恒例なんですけど、その時にね、おかげ横丁のお土産屋で、後ろの人にレジの順番を譲ったんですよ。こちらは急いでませんし、えらい混雑してましてねえ。そもそも伊勢神宮に初もうでなんて、人を見に行くようなもんですけどね、毎年やってることですから外せなくて。えっと、で、ですね、さっきの続き、その後ろに並んでいた中年男性とね、田丸さんて言うんですけど、出会ったわけですよ」
……亀田さんはなかなかの話し好きと見える。話しだしたら止まらないタイプだな。
「そこから世間話なんかするうちになんだか意気投合しちゃいましてね、お互い奥さん連れだったんですけど、ちょっとお茶でもと」
亀田さんはそう言ってニッコリ笑った。相手もフレンドリーなタイプなんだろうが、亀田さんのさわやかスマイルにつられて、ということもあるんじゃないかな。
その日、中途採用の新人として入社してきた彼は、明るくさわやかに挨拶をした。事前にチェックした履歴書によると、既婚34歳の彼は東京の某美大卒、前職もグラフィックデザイナーで、デザイン事務所の即戦力としてはもってこいの人材のようだ。
ウチは所属デザイナー12名と、規模こそ大きくはないが、ここ鳥取ではそこそこ信頼を得ていくつかの顧客を抱える中堅デザイン事務所である。私は勤続15年目の40歳、一応デザイナーをまとめるチーフという肩書きが付いている。
「じゃあ山本君、あとは任せたよ」
そう言うと、社長はいつものようにフラリとどこかに出て行った。まったく自由な人だ。しかし地元に根付いたデザイン会社を、一人で興してここまで盛り立ててきたのだから、その力量たるや大したものである。
「チーフの山本です。よろしくお願いします」
私は簡単に自己紹介を済ますと、新人の亀田さんを、空けておいたデスクに案内した。
「これが亀田さんのマック。使いやすいように自由にいじってもらっていいですよ。何かあったら聞いてくださいね」
「はい、わかりました」
亀田さんはハキハキ返すとさすが経験者だけあって、慣れた様子で自分用のフォルダなどをサクサク設定しだした。デザイナーの必須アイテム、イラストレーター(注:デザイン用ソフトウェア)の扱いも手慣れたものである。
(よし、いい感じだ)
最近とみに忙しく、猫の手も借りたいところだった私は、やっと来た即戦力にホッと胸を撫で下ろした。デザイン事務所というものは何しろ激務で夜も遅く、かといって給料がさほど良いわけでもないので、なかなか人がいつかない。だから「できる新人」は、本当に貴重でありがたい存在なのである。
そうこうするうちやがて昼休みの時間となり、私は亀田さんを誘って、会社近くの安くておいしいランチを出す行きつけの喫茶店に行った。
「とりあえずお疲れ様でした。ところで亀田さんは、ずっと鳥取なんですか?」
「いや、違うんですよ。じつはですね……」
亀田さんの、ウチに来るに至った経緯の話が、なかなかに衝撃的だった(履歴書に職歴もあったはずだが、私はあまりじっくり見ていなかった)。
実家は埼玉。東京の美大を卒業後はそのまま東京の映像製作会社に入社したが、昼も夜もない超絶多忙な生活で体を壊してしまい、1年経つかたたないかで辞めざるを得なかった。
大学では元々グラフィックデザインを専攻していたので、やはりグラフィックデザイナーでやっていこうとデザイン事務所に就職。しかしそこの上司とどうしてもソリが合わず、こちらも1年ほどで退社。
それから実家のある埼玉に戻り、地元の商店街にある小さな印刷会社で、スーパーのチラシなどのデザイン担当として働くことに。そこで事務をしていた奥さんと知り合い、結婚する運びとなる。
「まあ、生活も安定してましたし仕事もキツくないし。何より勝手知ったる地元ですから、共働きの妻と二人、そこそこ不自由のない暮らしではあったんですけどね、やっぱりつまらないんですよチラシだけじゃ。僕は美大出ですからね、もっとこう、クリエイティブなことがしたかったんです」
なるほど、東京の有名私立美大卒だからなあ。譲れないプライドもある事だろう。
「で、5年前の正月に伊勢神宮を参拝、まあこれは毎年恒例なんですけど、その時にね、おかげ横丁のお土産屋で、後ろの人にレジの順番を譲ったんですよ。こちらは急いでませんし、えらい混雑してましてねえ。そもそも伊勢神宮に初もうでなんて、人を見に行くようなもんですけどね、毎年やってることですから外せなくて。えっと、で、ですね、さっきの続き、その後ろに並んでいた中年男性とね、田丸さんて言うんですけど、出会ったわけですよ」
……亀田さんはなかなかの話し好きと見える。話しだしたら止まらないタイプだな。
「そこから世間話なんかするうちになんだか意気投合しちゃいましてね、お互い奥さん連れだったんですけど、ちょっとお茶でもと」
亀田さんはそう言ってニッコリ笑った。相手もフレンドリーなタイプなんだろうが、亀田さんのさわやかスマイルにつられて、ということもあるんじゃないかな。