第4話 広がる綻び

文字数 1,060文字

 その時、後ろの方で事務の子と私のやり取りを聞いていた社長が、なにか難しい顔をして無言で社長室に消えた。しばらくして出てきたと思ったら唐突に、

「あー、あのね、あの人辞めてもらったから。亀田さん。ちょっといろいろとよくない感じだからさ。荷物は週明けに取りに来るって」

 ……さすが気の短さでは定評のある社長。いつも通りの独断即断即決だ。まあ一代でそれなりの規模のデザイン会社を築き上げた社長の「カン」で、彼は我が社にいるべき人間ではないと判断したのだろう。
 だがこの忙しい時期にせっかくの即戦力を奪われた私は、軽い苛立ちを覚えながら、

「そう言えば彼に頼んでた案件。今日締め切りのやつあったよな」

 と気づき、悪いとは思いつつ緊急事態なので、個人用USBが刺さったままの亀田さん用PCを開いてやりかけの案件を探した。すると「進行中」というフォルダを発見したので、これだなと思い開いてみた。

 するとそこには、仕事の案件どころか、まったくもって謎としかいいようのない文書が並んでいたのだった。

1)傷病手当の請求
2)扶養家族である妻への見舞金
3)パワハラによる精神的苦痛に対する慰謝料
4)会社都合の退職による損害額

 ……宛名にはすべて、我が社の名前が入っている。ざっと目を通したところ、亀田さんは会社に上記の請求をするつもりで、書類を準備していたようなのだ。
 しかしそんなのおかし過ぎる。なぜなら彼は、実質数日間しか出社していないのだし、パワハラうんぬんの前に、そこまでの交流がなかったではないか。会社都合による退職、とは、そもそも退職前提であったという事か? 傷病手当やら妻への見舞金やら、今後請求するつもりだったのか? でも不満そうな顔などまったく見せず、仕事は至極順調に進めていたというのに。

 混乱した私はいったんそのフォルダを閉じて、そのすぐ下にあった「素材集」というフォルダを開いてみた。そこには、インターネット上で私にも見覚えのある写真がいくつか並んでいた。どうやら、仕事上で使うフリーの写真素材を、自分用に使いやすくまとめたものらしかった。

 その時、一枚の写真に、私の目は吸い寄せられた。

 そこにあった写真はなんと。初日にランチした喫茶店で見せてもらった、亀田さんの妻子の写真とまったく一緒だったのだ! あの時、写真を見せられた瞬間に、私の心に沸き起こった違和感。そのわけは果たしてこれだったのか。
 私は以前にどこかで「フリー素材」としてこの写真を見かけていたのだろう。だからあの時、何だか「引っかかる」感じがしたのだ。

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