第6話 亀田の思惑?

文字数 998文字

 それにしても不可解なのは、彼が仕事は普通、いや、むしろ平均以上にこなせるという点だ。物腰も柔らかく会話も自然に成り立ち知能や情緒面で問題になりそうな事もない。普通に働けばそれなりの給料で安定した生活が送れそうなものなのに、彼はなぜ、そんな詐欺まがいの事をして訴訟を起こすという、要らぬ労力に身を費やすのか? それにやり口だって穴だらけで、調べられたらすぐに足が付きそうなお粗末さ。いったいなんだってそんな事を繰り返すのか。
 
 ひょっとすると、これは彼なりの、社会の常識に対する反抗心、アンチテーゼのようなものなのだろうか? あの柔和な面差しの下には、驚くべき激情や憤怒が隠されているというのか。
 確かに、穏やかな外見とは裏腹に非常に激しい感情を抱えている人はままある。「まさか、あの人に限って」な事件を起こす人間もあとをたたない。
 それでも大半は適当なところで折り合いをつけながら平静さを保ちつつ暮らしていくのであろうが、それでも生来、強固な反抗心を持った人間であれば、どこかに歪みはかならず生じてくるはずだ。

 亀田の場合でいうと、もしかしたら「会社の言いなりで、社会に適当に迎合しながら無難に生きていく」という事が許せない性質(たち)なのではないか。社会の制約に縛られず自由でいたいという、ある意味芸術家気質というか。だからこそ、会社を、ひいては社会を愚弄するような行為を繰り返しているのではなかろうか。

 亀田は、まあこの名前さえも今となっては本名なのか怪しいものだが、今日もまた、しれっとした顔をして、どこかでもっともらしい嘘を重ねているのだろう。そこには、通常の神経では理解できない、不可解なエクスタシーといったものもあるのかもしれない。

 しかし。そこでまた私は考えてしまう。亀田の例は確かに異常ともいえるが、そのようにして嘘を重ねていく人間は、果たして稀に見る特殊な悪人なのであろうか。

 否、決してそうとは言えないと思う。

 多くの人は、少なくとも幼稚園に行く頃にはもう、何らかの嘘をついていたはずだ。はじめは恐らく、親に叱られたくない一心で嘘を言ったことだろう。胸に手を当てて考えてみれば、一つやふたつ、誰にでも必ず覚えがあるはずだ。歯は磨いたとか宿題はもうやったとか、そんなささいな嘘から始まって、大人になってからも自分を良く見せるための嘘を、程度の差こそあれ皆ついているのではないだろうか。

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