第3話 疑惑

文字数 1,097文字

 ほどなくして事務所に戻ると、午後はさっそくポスター作りの案件に取りかかってもらった。簡単な指示を出し2、3の確認をすると、手慣れた様子で仕事をこなしていく亀田さん。デザインのクオリティも問題なさそうだ。

(よしよし、これなら安心して仕事を回せるな、俺も早く帰れそうだ) 私は心の中で、大きく振りかぶってガッツポーズを決めた。

 だが翌朝、私が少し遅めに会社に着くと、亀田さんはまだ来ていなかった。

「あれ? 新人さん遅いね、どうしたかな?」

「あ、なんかさっき電話があって、奥さんが体調崩して付き添いで病院に行くとかで」

 そうか、それは大変だな。まあ仕方ない。
 その日亀田さんは結局会社に出てこず、そのまま欠勤となった。

 次の日、出社してきた亀田さんはとても申し訳なさそうに、丁寧に昨日の欠勤を詫びてきた。

「大丈夫ですよ。それより奥様のご様子は?」

「じつは婦人科系でちょっと……」

 と、自分の下腹あたりをさすりながら悲痛な面持ちで答える亀田さん。そうか、なにか持病があるのかな。まだ若いだろうに、かわいそうになあ。

 しかし相変わらず仕事は立て込んでおり、心労のところ申し訳ないが、亀田さんにも色々とやってもらった。働きぶりは上々で、案件を次々と片付けていく頼もしさ。わたしは心の中で、久々のウルトラ・ハッピー・ガッツポーズを決めた。

 それから1週間ほどは、何事もなくいたって順調に、いつも通りの忙しい日々が過ぎていった。時々見回りにやってきては仕事の様子をチェックしていく社長も、亀田さんの働きぶりには至極満足そうである。

「おう山本、新人の様子はどうだ?」

「はい、いい感じです。来週ぐらいからは、案件を一人で任せられますね」

「よしよし。じゃ後はよろしくな」

 そう言うとまたしても、どこかへフラリと出て行く社長。ミスター・フリーダム。

 だがその翌朝、またしても亀田さんの姿がなかった。事務の子いわく「奥さんが倒れて、緊急手術になった」とのこと。なんと、それは大変だ。大事にならないといいが。私は心配しながらも、その日の仕事に忙殺されていった。

 さらに次の日。また亀田さんがいない。今度は「自分が、カゼを引いた」そうだ。看病疲れだろうか、うん、まあ、仕方ない……かな。

 さらにさらに。次の日になると、今度は「埼玉の母が、倒れた」との事で、亀田さんは欠勤した。うーむ、それはさぞかし心配なことだろう……な……。

 だが事務所には微妙な空気が流れだした。いくらなんでも、そう毎日のように、家族そろって病院行きになるものだろうか。そもそも、奥さんの手術とやらはどうなったのだ。今度は実家の母だって? うーむ……。

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