最後のばあさん

文字数 839文字

 新年も明けたというのに、ひとりのみすぼらしい中年男が、人気のない路地を歩いておりました。

「はあ、なんもいいことない」

 この男はアラフォーになってもろくに働きもせず、ついには実家を追い出されたのです。

「あーあ、なんか食うもんでも落ちてないかな」

 こんなふうにして、男が街のはずれにさしかかったとき。

「これ、おまえさん、待ちなさい」

「は?」

 ズタボロの服を着た老人が、なにやら彼に話しかけてきました。

「わしは神さまじゃ。おまえさんを金持ちにしてやろう」

「は、はあ……」

「よいか、これからこの道を、三人のばあさんが通る。そのうちのいずれかを叩きのめせば、おまえには福がおとずれるぞよ」

「そ、そうなんですか……」

「では、首尾よくやれよ」

 そう言うと、老人はどこかに消え失せてしまいました。

「ばあさん、ばあさんね……」

 すると、路地の向こうのほうから、あでやかな着物を身にまとった老婦人がやってきます。

「ほんとだ、ばあさんだ……」

 しかし男は、老婦人の凛とした立ち振る舞いに圧倒され、何もすることができませんでした。

「おや……」

 すると今度は、買い物帰りのようなかっこうの老女がやってきます。

「うーん……」

 叩きのめせと言われてもと、やはり男は何もできませんでした。

「どうしたものか……」

 そして最後に、今度はよぼよぼの、杖をついたおばあさんがやってきました。

「……あの人なら、いける……!」

 男は落ちていたパイプ管を拾い上げ、おばあさんのほうへ向かっていきました。

 彼がそれを振り下ろそうとしたそのとき。

「おまえさん――」

 おばあさんはパイプ管をひょいとキャッチしました。

「わしならいけると思ったじゃろ?」

「ひ――」

「おまえのようなクズには、福など一生かけても無理じゃ。これでも食らえ!」

「ぎゃあああっ!」

 中年男は逆におばあさんから叩きのめされてしまいました。

 その後、男がどうなったのか、誰にもわかりませんし、誰もわかる必要はないでしょう。

 人生とはそんなものです。

 どっとはらい
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