15 ラジオと自由連想法

文字数 4,653文字

 その簡易さのために、ラジオの海賊放送は昔から多い。「海賊放送(pirate radio)」は、CDやDVDの「海賊版(pirated version)」と同じように、比喩的表現だけど、実際に、船に送信機を積みアンテナを展開して出航、どこの政府の規制も受けない公海上から放送を行なってる局もあります。海賊放送の中には、対立国の政府から支援を受けていたり、放送団体や送信所の所在地を偽装している局もあるんですね。こういう放送の場合、たんにプロパガンダの手段だけでなく、エージェントなどへの暗号通信にも使われてる。Good morning, Mr. Philips. Your mission is to broadcast “Chaosmos”. This radio will self-destruct in 5 seconds. Your mission should you decide to accept it Good Luck, Jim!

 そういった暗号通信の中で、海賊放送じゃないけど、最も有名なのが、ポール=マリ-・ヴェルレーヌ(Paul-Marie Verlaine)の『秋の歌(Chanson d'Automne)』の一節。ノルマンディー上陸作戦の暗号に使われています。

 Les sanglots longs des violins de l'automne, blessent mon coeur d'une languer monotone

 もっとも。これは日本では上田敏による『落葉』という訳詩で知られていますなあ。格調高いですよ。聞いたことくらいありますかしら。

 秋の日の ヰ゛ィオロンの ためいきの 身にしみて ひたぶるに うら悲し。

 この海賊放送が自由ラジオに発展したわけ。海賊放送は、結構、ヨーロッパで多い。もっともさ、タイあたりにいくと、ラジオを運営しているのは陸軍だったりする。あそこは軍と警察の利権抗争がすごくてね。アメリカは、いつもの通り、国営放送がないし、自然発生的に放送局が無数に生まれているから、「海賊」にならない。かなりのヨーロッパ諸国の当局は国営放送しか認めていなかったから、自由な放送を求めて、市民がラジオ局を開設したという背景があるんです。当局も取り締まってはいるものの、効果があがるはずもないんで、現在でも多数海賊放送が存在するってわけ。中には、CMを流して、事実上の民間放送となっている放送局も少なくない。また、今ではフランスなんかでは海賊放送を法的規制を加え、合法化しちまってます。

 ドゴール将軍はラジオに縁がある。イギリスに亡命してフランス向けに放送しことは有名だけど、それだけじゃない。アルジェリアで独立戦争が起きて、それを収集するために、独立を容認したラサ、現地のフランス軍がクーデターをやりそうになりましてね。当時、気晴らしが必要だと兵士にラジオが配られていたんで、それを使って、兵士に直接語り掛けてる。自分はフランスだから、反乱に加わるなってね。それでクーデターは失敗。ちなみに、そのラジオはソニーのトランジスタラジオ。日本製だよ。池田隼人はフランスでトランジスタラジオのセールスマンってバカにされたけど、ドゴールを救ってんだよ。

 そうそう、この番組はリクエストを受けつけていなーい。原則的には。双方向性の時代なのに?古い奴だとお思いでしょうが、古い奴こそ新しいものを欲しがるもんでございます。 どこに新しいものがございましょう。生れた土地は荒れ放題、今の世の中、右も左も真っ暗闇じゃござんせんか。♪何から何まで 真っ暗闇よ、筋の通らぬ ことばかり右を向いても、左を見ても、馬鹿と阿呆の絡み合い。

 もちろん、無着成恭先生もいないから、電話相談されても、何も答えられませーん。ダイヤル、ダイヤル、子ども電話相談室♪リクエストに応えたら、『恐怖のメロディ(Play Misty For Me)』のDJデイブ・ガーランドのように、ストーカーに追いかけられることを心配しているわけじゃない。これはクリント・イーストウッドの監督デビュー作で、ドン・シーゲルに影響を受けたサイコ・サスペンス。シーゲル監督も友情出演してますね。イーストウッドは、監督として、短観上映向きの作品をとるけど、いっちゃん最初からそういう傾向がある。DJはセンスよく選曲して、リスナーに提示するもの。でも、これがラジオのよさってもの。

 多分、ラジオはしゃべりに一番脈絡がなくても平気なメディアだ。これだけ断りもなくポンポン話題が変わっちゃあ、普通の会話だったらついていけないけど、ラジオなら問題じゃない。ウェブだって、それはだめだ。あれは文書、活字メディアの延長だから、情報量が一ページあたり多いほうがいいんで、ハイパーリンクならともかく、飛躍ばかりだと混乱しちまう。ラジオは自由連想法が許されている。フェリックスが指摘している通り、スキゾ分析にはもってこい。フェリックスの文体は、印象的なフレーズは頭に残るものの、リゾームのように、錯綜していて、自由連想法的で、何を言いたいのかつかめないことも多いですね。ラジオで放送されたのをそのまま、原稿に起こしちゃっても、使えない。雑誌のインタビュー記事ってあるでしょ、あれは一分四〇〇字詰め原稿用紙一枚程度なそうだ。もち、個人差も激しいらしいけど。ラジオの喋りは一見したところでは、見るってのもおかしなことだけど、アナーキーでも、自己組織性がある。カオスだ。不特定多数の顔もわからないリスナーに一方的に喋り続ける。具体的な誰かを相手にしているわけじゃないから、リスナーは語りかけられているのは自分だけじゃないと思いつつ、どっか具体的な感じがあるから、自分自身に話しかけられていると感じる。ラジオは共有のメディアだ。そう感じてる?だから、話が飛んでもOK牧場!フライング・メディア。飛びます!飛びます!

 しかし、自由連想法といいますが、何やら、ボケる過程によく似てますなあ。まず、だいたい、名前が思い出せなくなりますでしょ?今の人、誰やったかなあ、挨拶されたけども、はて、どこかであった気が、ああ、ほら、あれや、ウナギに似とって、甘辛くして寿司にする魚、ほら、あれ、なんやったかなあ…そやそや、アナゴって感じで、思い出しまっしゃろ?魚は忘れなくても、アナゴは思い出せない。固有名詞や個別の名前から記憶から失せて、集合名詞が次なんでしょうが、代名詞は忘れんですなあ。「あれ」とか「これ」とか、人生の先輩の夫婦なんか代名詞だけで会話してますものなあ。忘れても何も困ってないように見えるところがすごいですなあ。知識・思考・感情という順番で記憶から消えていくんでしょう。でも、感情を思考が利用するなんてことはよくありまして、ナショナリズムなんてそうですし、ヤクザの社会なんか、攻撃的にしてないとなめられるから、わざとそんな姿勢とってますでしょ。ボケって一種パターン化することじゃないですか。自由連想法はそうした記憶の構成を探る試みなんでしょうなあ。ボケって年寄りだけじゃなくて、若い人にもある問題ってことでしょう。すごいワンパターンな純愛の小説やテレビ・ドラマが流行するというのもボケの一種じゃないっすか。ボケも笑いを誘える程度ならおもろいからええけど、それ以上だとかなわんですなあ。まあ、そう言ってもしゃあないすけどね、起こるもんは起こるんやから。

 でもさ、語学の勉強はラジオの方がいい。耳に集中できるからね。資源をそっちに集中できる。連想的だけど、論理性も要求されるよな、ラジオの喋りは、矛盾してっけど。メディアの連中ってさ、ネチみたいに、人を上方で操りたいとこ案だよね。でもさ、那智は失敗したわけで、BBCの真似の方がいいと思うね。ほんとのこといってりゃ、リスナーは信じてくれる。BBCはそう考えて放送して、世界的に信用されてる。日本だってさ、長寿番組は信頼がなきゃ続かない。目先よりも長い目。ラジオも人のつながりなわけよ。だから信頼さ。そんで、DJとリスナーはお互いさま。

 ああ、そういや、空飛ぶ聖座が亡くなりまして。アーメン。一度くらいはお目にかかりたいと心の準備だけはいつも欠かしていませんでしたが。ポーランドの連帯の活動におけるローマ法王の功績から切り出そうと思ってたんだ。東西冷戦構造の中でカトリック教会の過去を清算した人だったよね。でも、あの人は大きな革命の時代にその意義を示せたけど、今みたいな小さな革命の時代には向かないねえ。コンドームもだめっつんだから。甲子園球場の七回裏の攻撃の前を見たら、卒倒したかも。「なんてことを!コンドームを天に向けて放すなんて」。いや、逆に、喜んだかも。「そうです。コンドームなど私たちの手元からなくさなければなりません」。なんだって物事は見方によりますからね。

 年とるとさ、革命は口先で何となく信じる程度になる。だって、革命は断絶。互換性がないわけよ。新しいものになれるスイッチングコストも高いしね。革命したっていいわけじゃない。毎日すこしずつなんとなく変わっていく方が無難だよなんとなーく変わってく。それがいい。

 そしたら、次の法王は生前退位。なんかねー。ツイッターはやってたけど、保守的すぎてね。

 時というものを感じるね。やっぱ、ここで一曲。ジム・クローチェ(Jim Crocce)の『タイム・イン・ア・ボトル(Time in a Bottle)』。

If I could save time in a bottle
The first thing that Id like to do
Is to save every day
Till eternity passes away
Just to spend them with you

If I could make days last forever
If words could make wishes come true
Id save every day like a treasure and then,
Again, I would spend them with you

But there never seems to be enough time
To do the things you want to do
Once you find them
I’ve looked around enough to know
That you’re the one I want to go
Through time with

If I had a box just for wishes
And dreams that had never come true
The box would be empty
Except for the memory
Of how they were answered by you

But there never seems to be enough time
To do the things you want to do
Once you find them
I’ve looked around enough to know
That you’re the one I want to go
Through time with

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