八 ハッピーエンド

文字数 616文字

「あら、痛いよ。」
僕の小さい牙はいとも簡単に彼女の皮膚から剥がされた。
白い胸に、赤い小さな傷跡が残った。
途端に申し訳なくなって、僕は彼女の手にすり寄る。
「ごめんなさい。ごめんなさい。捨てないで。」

ひどく混乱していたが、僕なりに、
僅かな理性で考える。
貴女は愛した男を殺す。
僕は愛されなかったから、自分で死ぬしかなかったが。
貴女は愛した男を喪い続ける。
それでは、うさぎの寿命が尽きたら貴女はずっとひとりぼっちだ。
それなら、僕は貴女を殺して自分も死のう。

失敗を悔いながら、僕は貴女の手を舐めた。
貴女はただただ、優しく毛皮を撫でていた。
「可愛いね。大好きだよ。」
貴女は僕の鼻先に口付けた。

ぼやけた白い天井。
うさぎの視力はこんなに悪かったか。
暖かい膝から、冷たく濡れた固い地面に寝転んでいた。
貴女はどこにいる。
僕は這いつくばろうとしたが、
四肢は痺れたようにどこかへ行ってしまった。

きゅーきゅーと声にならない声を上げると、
貴女が見下ろしてきた。
ふわふわと白い毛皮を咥えて。

私は丁寧に彼を食べた。
依頼があった人間ではないのだから、あの男を呼ばなくてもいいだろう。

ふわふわの毛を食んでいると、
またうさぎを撫でたい気持ちになった。
なんて愛おしい生き物だったのだろう。
もう撫でられないけれど。
「私もうさぎだったらよかったのに。」
窓を開けると、眼下に泡のようなイルミネーションが広がる。
「次はなれるかな。」
目を閉じると、目の前から大好きな花の香りがした。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み