『罪と罰』

文字数 1,792文字

 わたしは中学の頃、同級生をイジメていた。
 勉強が出来て、大人っぽくて、いつも教室の端で本を読んでいるようなおっとりとした、でも顔はあまり可愛くなくて、運動もできない、どんくさい。女子中学生のわりに背の高い、そして丸い顔についた太い眉と口元の黒子が特徴的な、真っ黒な長い髪のあの子はそういう子だった。あまり他人とのコミュニケーションが得意じゃなくて、先生にあてられると正解をわかっているのにつまってなかなか答えられない。同級生とも上手く話せないから友達もいない。
 叩いても、蹴っても、髪をつかんでも切り裂いても、あの子の物を隠しても壊しても奪っても、脅しても騙しても、何をしても涙を見せない。声も出さずにただ、静かに悲しそうに微笑む。あの子はそういう子だったのだ。
 今になればどうしてイジメていたのかわからない——たぶん当時の自分もわかっていなかっただろう——。何が気に食わなかったのかよく覚えていないし、なぜあのような

を楽しいと感じていたのかまるで理解できないが、後付けで推測するなら、とにかく行き場のない思春期の感情をどこかにぶつけたかったのだろう。だからイジメていた。部活にでも、勉強にでもなく、わたしはあの子にぶつけていた。

 しかしイジメは唐突に終わりを迎えた。
 中学3年の冬。あの子が自殺したのだ。
 残された遺書はたった一枚、一行、
 『ミズキちゃん、ありがとう
 わたしを名指ししてこう書いてあった。
 その日から、『正義』の名の下、わたしへの『制裁』が始まった。

 『正義を騙る制裁』は『暴力』だ。

 わたしと一緒にイジメていた数人の友達は途端に態度を翻し、わたしひとりに全てを擦り付けた。クラスメイト全員から無視され、学校全体から絶えず悪口を叩かれた。テレビでは教育学者にタレントに、たくさんの人がわたしのことを言いたい放題罵った。ネットでは晒し者にされ、毎日誹謗中傷が書き込まれた。名前、住所、写真など個人情報も晒されたおかげで、人々は通りすがりに家に石を投げ込み、暇つぶしに電話を鳴らし、面白いから殺害予告を送り付け、気分で我が家を破壊し、なんとなく家族を傷つけた。外を歩くだけで見知らぬ人から生きているのがむかつくと言われ罵倒されて唾を吐かれ、殴られた。
 どれだけそれが理不尽で不合理なことであったとしても、
「お前は


 その一言で、正当化されてしまう。ほんとうに正当化できているのか疑問だけれど、そういう風に感じるのはきっと、わたしだけなんだろう。
「イジメていたんだから、イジメられても文句言えない」
 だったら、わたしをイジメたあなたたちは、誰に裁かれるの? イジメを絶対悪とするくせに、

は容認するの? 


「あの子と同じ苦しみを味わえ」 
 あの子が苦しんでいたことも知らなかったくせに、どうして『同じ』だと言えるの?
 イジメを知っていながら止めなかったくせに。見て見ぬふりをしていたくせに。あの子と関わろうとすらしなかったくせに。あの子を知ろうとしなかったくせに。
 あの子を知らないくせに。なにも、知らないくせに。
 そんなことをいくら思っていても、主張しても無意味だと知っていた。『正義を騙る制裁』を前にしては、『悪』は絶対に滅ぼされる。滅ぼされるまで終わらない。中学を卒業しても、高校を卒業しても、大学に行っても、恋人ができても、社会に出ても、結婚しても、子どもができても、いつまでもどこまでも、『正義を騙る制裁』はわたしを追ってきた。『正義を騙る制裁』は必ずそこにいた。いつしかわたしの心は壊れてしまった。全てが怖くて、全てが恐ろしくて、もう何も考えられない。
 『悪』は滅びたのだ。




















 あの子へのイジメが、わたしの罪だ。
 『ミズキちゃん、ありがとう』
 この言葉はあの子から、わたしへの罰だ。
 
 わたしを裁くことができるのは、あの子と、そして誰でもないわたし自身だけのはずだ。
 あれから十数年経った。それなのにわたしは未だに、罪を背負うことも、罰を受けることもできないでいる。

 そして、滅びてしまったわたしには、もう罪を背負うことも、罰を受けることもできない。
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