野球のレベルの低い人

文字数 3,162文字

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「おい、おめ~ら今度『《野低人(やていじん)』の認定試験を受けてみねぇか?」
 県の軟式野球連盟に所属する草野球チーム「プレアデス」監督の青木大介は、このチームの万年補欠軍団である、通称、というか、所謂、というか、あ~、ともあれ、人呼んで「おとぼけ七人衆!」の面々に大声で言った。
「屋台人?そらぁ何でっか?わてらが屋台か何か引っ張るんでっしゃろかぃ?」
「屋台人じゃねぇっつの!このばかたれが!ラーメン屋じゃあるめぇし。いいか?野低人だ!『()(てい)(じん)!!』」
「ややや…、野低人?」
「おおよ!野低人よ! だいたい野低人は、『野球のレベルの低い人』てぇのに相場が決まってらぁ! つまり!要するに!まさしく!おめぇらみてえな奴らの事を言うんだ! だいたいそんなことも知らねぇから、おめぇら、いつまでたっても野球が下手くそなんでぇ!」

 青木は口がめちゃくちゃ悪かったが、気さくで親分肌で、つまり人柄はめちゃくちゃ良かったらしい。
 そういう訳で、件の「おとぼけ七人衆」からは、とても好かれていたらしい。(知らんけど)
 そもそもこの「プレアデス」という草野球チームは、その七人衆を中心にしたボロチームだった。そして彼らは青木の経営する喫茶店「プレアデス」の常連客だ。
 この喫茶店は青木のコーヒー好きが高じて、二年前に脱サラして妻と二人で始めた店だった。旨いコーヒーと、青木のそういう独特で変態的なキャラが評判で、店はそこそこ繁盛していた。
 ちなみにこのチーム名と喫茶店の名前は、青木が12年間務めた「プレアデス燃電」という、一般家庭用燃料電池の会社の名称にちなんで付けたらしい。知らんけど。
 ところでその青木は、その会社の野球部でエースを張っていた、所謂野球経験者だが、その一方で、件の「おとぼけ七人衆」は、ちからいっぱい野球のド素人である。まあ、野球のド素人が野球をやることはまかりならん!とかいう憲法上の規定がある訳でもない。ともあれ彼らは、「下手の横好き」を絵に描いたような連中だ。
 そして偶然店で野球の話題が出て、その流れで青木が野球経験者だと知るや、おとぼけたちは野球を教えてほしいということになったようだ。同時に青木も青木で、店が軌道に乗ったし、また野球をやってみようかなぁ、とか考えたらしいのだ。
 ともあれそんな矢先に出来上がった、所謂ド素人草野球チームである。だから打つほうはいざ知らず、守る方は困難を極めた。
 所謂ザル。
 しかも奇跡的に捕球出来たとしても、こんどは豪快に暴投する。いやいや、まともに投げたとしても、こんどはファーストがボールを捕れるかどうか…
 そのうえ当然ながら、というか不幸にして、というか、まともなピッチャーがいなかった。
 エースを張っていた青木は?
 いやいや、彼は四十肩で肩を壊していて、長いイニングは投げられないらしかった。だから戦力にはならない。いやいや、たとえ投げられても、こんどはまともに捕れるキャッチャーがいなかった。
 とにかく酷いチームだった。
 青木は頭を抱えた。
 そんなある日、青木のつてで、このチームに金剛という甲子園経験者がやってきた。もちろん「チームの強化」が、青木の目論見だったのだが、実はこれが青木の思いとは裏腹に、意外な、そして皮肉な結果になってしまったのだ。
 つまり金剛が「入団」したことにより、さらにその金剛のつてで、さらに有力選手が芋づる式に入ってきて、もちろん彼らはレギュラーになり、確かにチームは圧倒的に強化されはした。
 だがその一方で、件の「おとぼけ七人衆」は、ほぼほぼ出番が無くなってしまったのだ! 
 即ち青木にとっては痛し痒しの結膜…、いやいや結末に…

 「で、わしらが何か、認定か何かば取れるとですか?」
 ええと、ここからは再び冒頭の会話の続き(^^♪
「そうだ!実は今度、あ~、国家機関である体育省のお偉いさんからの通達で、実は新しい国家資格が出来たそうで…」
「新しか国家資格ちゃぁ何たいね?」
「何たいねって、あ~、ともあれこれは、腐っても国家資格だぜ!」
「くくくさっても国家資格ぅ?」
「まあいい。とにかく!国家資格だ!」
「国家資格ですか。そらまた豪勢な話でおまんな」
「あったりめぇよ」
「で、どうやってその資格、取りますねん。で、そもそも資格取ったらどうなりますねん?」
「まぁまぁそう先を急ぐんじゃねえ!」
「はぁ」
「それでな。いいか、てめぇら、目ん玉かっぽじって、この書類をよ~~く見やがれ」
「なんでぇなんでぇ、かっぽじるのは普通、耳の穴じゃないのか?」
「やかましい。とにかく、あ~、この書類を見てみな! こいつが送られてきたんだ。国家機関の体育省からだぞ。ともかく、よぉ~~~~く見やがれ!おめーら野球は下手くそでも、字ぃは読めるだろう?」

 ジャ~~ン!

 〈野球のレベルの低い人認定制度〉
 本制度は国民すべてが等しく野球を楽しめるように設けられたもので、体育省が中心となって推進している国家プロジェクトである。
 野球は国民に広く浸透したスポーツであるにも拘らず、野球の公式戦に出場できる者は、ほぼほぼ中学・高校と野球部に所属していた者に限られているのが現状で、一般の運動神経の不自由な者は、なかなか野球の公式戦に出場させてもらえないのが現状である。
 今回、かくなる悲惨な現状を鑑み、この残念な現状を打破するべく設けられたのが今般の「野球のレベルの低い人」、略して「野低人」認定制度である。
 この制度は、野球に関する一定の審査を行い、かかる審査の結果、一定の基準を「下回る」と認定された者に対し、国家が「野球のレベルの低い人」、略称「野低人」と認定し、これを以って掛る人物に対し、下記のような「特典」を与え、かくしてその野低人の公式戦出場を推し進めることを通じ、ひいてはスポーツの振興および地域住民の健康増進に資することが目的である。

 野低人に於いて与えられる特典
1 野低人が公式戦に4イニング以上出場した場合、その試合に於いて出場チームに対し、野低人一人について各々1点の得点を特典として付与する。(すなわち、野低人3人出場であれば3点。9人全員であれば9点)
2 野低人が投手として出場した場合、フォアボールとデッドボールは無し。ランナーは盗塁してはならず、ワイルドピッチでも進塁してはならない。
3 野低人が捕手として出場した場合、ランナーは盗塁してはならず、パスボールでも進塁してはならない。

 野低人認定審査受験資格
 草野球経験2年以上、年齢は30歳以上であること。

 野低人認定基準(下記四項目すべてを満たす必要あり)
 1 走塁 ベースランニング30秒以上
 2 投球 球速は90キロ未満、ストライクは10球中3球以下、変化球は(ほとんど)曲がらない。
 3 守備 ショートバウンドは滅多に捕れない、速い打球は恐くて捕れない、フライは目測を誤る(バンザイ)ことが半数以上である。送球においては半数以上暴投する。
 4 打撃 120キロ以上の速球にはかすりもせず、変化球なんか、例え太陽が西から昇っても打てない。 

 尚、故意に下手糞なプレーをして認定を受けた者に対しては、三年以上十年以下の懲役刑が科せられるので注意すること。また、試験会場ではうそ発見器末端内蔵の帽子を着用の上、受験することとする。
 判定は元プロ野球選手数人で構成する審査団により行われる。試験は毎週日曜日、各地の河川敷のグラウンド等で行う予定である。

「うんうんうん。おめーらならこの試験、絶対に受かる。賭けてもいいぜ」
 おとぼけ七人衆を満足げに見ながら、青木は自信満々に言った。それから、
「で、この町での試験はいつなんだい? え! この次の日曜じゃねえか。場所は…」

     「認定試験」へ続く
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