認定試験

文字数 4,899文字

     2
 四月中旬の日曜日の朝。
 青木とおとぼけの面々は、その試験会場である河川敷のグラウンドに立っていた。
 この日、百名以上の選手が受験に来ていたが、大半、いやいや、おとぼけ以外のほぼほぼ全ての全員は、件の「特典」、即ち「特典である得点」とか、フォアボールはなしね♪とかいう、つまりずるしてその特典を得んがためにのこのこやって来た、れっきとした野球経験者であった。
「グオラァ!何もたもたしてやがる。さぁさぁアップだ!グラウンド5週!」
 そんなことはさておき、それから青木はおとぼけの面々に罵声を浴びせた。おとぼけたちは息を切らし、タヒにそうな顔をして、どたどたと重々しくグラウンドを走った。(走らせたのは彼らのパフォーマンス低下を狙った青木の悪だくみの可能性もあるが、真相は不明である)
「さぁさぁ、こんつぎはストレッチだ♪」
 それから走り終え、グラウンドの草の上で草食動物のように四つん這いで必死に酸素摂取しているおとぼけたちに、青木は非情な声をかけた。
 それからややあって、体のあちこちを豪快に引きちぎらんばかりに伸ばされつつ…、つまり豪快にストレッチされているおとぼけたちのうめき声が響いた。
「ぎやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 尚、ストレッチはおとぼけの七人と青木の計八人が四対四に分かれ、「いじめる側」と「いじめられる側」に分かれて行われていた模様。あとは顔なじみの野球経験者が「お!やっとるな」とか言いながら興味本位に「いじめる側」に乱入し、ストレッチの圧にブーストを駆けていた模様でもあった。
 そういうことはどうでもいいが、ちなみに試験中はうそ発見器末端内蔵の帽子を被ってプレーしなければならない。すなわち、「わざと」緩慢なプレーをして試験に合格し、「野低人」の資格を得て、試合中にその特典を享受しようとすることは道義上、いやいや、法的に許しがたいことである。
 即ち、この認定試験に合格せんがため、意図的に緩慢なプレーをしようものなら、試験会場の本部のテント内に設置してあるうそ発見器の本体がブザーを鳴らす。このうそ発見器は最新の技術を駆使して作られた極めて優秀なもので、誰が意図的に緩慢プレーをやったかを直ちに特定し…、何故ならば、うそ発見器末端内蔵の帽子をかぶってプレーするから…、だからその者は豪快に特定され、以後試験中止で即退場。だがそれだけではない。その者には懲役刑の重罪(3~10年)が科されるのである。
 さてさて、懲役刑はどうでもいいが、それで最初の試験はベースランニングだった。それで件の野球経験者は懲役刑と聞いて真っ青になり、正真正銘の必死こいて全力疾走で見事に好タイムをたたき出し、だから見事に不合格となった。かくして野球経験者は全滅。
 一方、おとぼけでは最初に、いつも手際の悪い不手際が走った。
 彼は不摂生の賜物である全く締まりのない体を揺らし、のっしのっしと走り、悲惨なタイムで見事合格した。
 次は万年控え投手の山田みぃ太郎だ。彼は小さい頃から石投げが得意だった。とにかく平たい石を水面に投げ、ぴょんぴょんさせる、所謂水切りが得意だった。だから肩だけは結構強かった。もちろんサイドスローだ。ただし芸術的ノーコンだった。ストライクは十球中一、二球。六、七球は暴投する。さらに著しく鈍足で、もちろん守備も全く使い物にならなかった。しかも年齢的にも、かつての球速は影を潜めていた。
 しかしながら、野低人投手としての「球速90キロ未満」という条件には当てはまらない恐れも、無きにしも非ずではあった。
 さてさて、その山田みぃ太郎であるが、ベースランニングのテストでは一塁を回ったところで足がもつれ、どっしゃんがらがらと崩れ落ち、倒れ込んだ。それからも必死こいて立ち上がろうともがくも、再び足がもつれ、そのままうつ伏せになって動かなくなった。
 そういう訳で、みぃ太郎は、そのままの姿で担架に載せられ、本部テント内に運ばれたが、どうやら右の後ろ足ふくらはぎの肉離れだったもよう。もちろんベースランニングの記録は∞秒となり、悠々合格である。
 次は(一応)俊足のくしゃみ(花粉症男)である。一応、やせても枯れても「俊足」ではある。だからベースランニングのタイムが…、そういう訳で青木はしっかり秘策を練っていた。
 即ち青木は一塁コーチャーズボックスにて声援を送ると装いながら、しこたま花粉の付いた杉の小枝をぶんぶんと振っていたのである。
 案の定、花粉の細胞をくしゃみの鼻粘膜が検出するや、くしゃみは豪快にくしゃみを始めた。それでくしゃみはくしゃみで走るどころではなくなり、走塁は失速。程なく停止してしまった。
 しかしここで立ち止まっては、うそ発見器がうそと判断し、本部テント内の機器がブザーを鳴らせば彼の人生終了である。(YouTubeでボコボコにやられるかも知れない) それで危機感を抱いたくしゃみは、くしゃみをしながら必死こいて走り始め、何とかホームにたどり着き、で、タイムは30秒ぴったりで、まさに滑り込みセーフの野低人基準を満たすことが出来たのだった。
 その後、やはり鈍足の久保田(通称ボタ)、いつも不機嫌をかこっている怒山、いつも楽観的なポジ介、いつも悲観的なネガ介が走り、全員見事に30秒を余裕で突破の好タイムをたたき出した。
 ちなみに、前にも書いたが、野低人の資格を(^^♪と、もくろんだ野球経験者は、うそ発見器の帽子やら懲役刑の話やらを聞いて真っ青になり、必死こいて十秒台の好タイムをたたき出し、だから全滅。もちろん以後の試験も受験できなかった。
 そういう訳で以後の試験を受験できたのは、おとぼけの7人のみとなった。

 それで、次に投球のテストが行われたのだが、テストが行われているブルペンでは、何やらもめごとが起こっていた。
「お願いします! テストば受けさせてくんしゃい!」
 山田みぃ太郎の懇願する声だった。
 実は彼はベースランニングのテストの際、一塁ベース付近で肉離れを起こし、本部テントでしばらくいびきをかいて寝そべっていたが、投球テストと知るや、いそいそとやって来て、「わしも投げるばい(^^♪」と言い放ったのだ。
 だがしかし、このテストの趣旨を鑑みるに、怪我をしている者は本来の投球が出来ず、いたずらに過小評価され、本来不合格となるような実力の持ち主でも、これまたいたずらに球速が落ち、野低人テストとしては誤って「合格」とされてしまう恐れが無きにしも非ず。
 何だかややこしくて申し訳ないが、テストの趣旨が通常の「入団テスト」とは真逆である故に、このような逆転現象が生じてしまうのである。それ故、みぃ太郎のテスト参加に「待った!」がかかった次第なのだ。
「そいばってんわし、どがんしてでんが、試験ば受けさせてもらわんぎんた、がばい困るとですたい」
「そんなこと言われてもねぇ。ともあれ、あ~、足を痛めておられる以上、公平な…」
「いやいや、公平でも大谷翔平でもどがんでんよかです。とにかく! わしが試験ば受けさせてもらわんぎんた、わし、二軍に落とされるしぃ…」
(最初からプレアデスの二軍だんべぇ)
「…しかも下手するぎんた、戦力外にされるかも知れんとですたい。お願いします。試験ば受けさせてくんしゃい…」
 みぃ太郎は土下座していた。
 まぁ、優雅な飼い猫生活か何か知らないが、ともかく!食うことに関しては飼い主が全て用意してくれている関係上、1mmも困っていないと、客観的にはそう思われるのだが、その「二軍に落とされる」だの「戦力外にされる」だのといったみぃ太郎の言質が、どうやら審査員の元プロ野球選手の心にキュンキュンした模様。
 そもそも「元プロ野球選手」と言ったって、こんな「野球のレベルの低い人」=「野低人」の基準を判定するという、ともかく、あ~、体育省の暇役人の、昇進目的の気まぐれで作られたような、ともかく!そういう酔狂な試験の審査員のバイトをやらんがため、こんな片田舎の河川敷のぼろ球場までわざわざ出てくるようなお方だから。ともかく、元スター選手やレジェンド!とかいう称号とは程遠い「元選手」であろうことは想像に難くない。
 すなわち、今回の野低人審査で投球を担当した、その元選手も長い二軍暮らし、一軍でも精々敗戦処理数試合とかいう経歴の持ち主だったみたいで…(とは言ってもプロ野球に入れて、まがりにも一軍登板しただけでもすげぇんだけどさ)
 ともかく!その元プロ野球選手は、みぃ太郎へぼ投手の発する「二軍」とか「戦力外」とかいう言質にキュンキュンしたようで、
「まぁ、試験だけでも受けさせてやりましょうや。この人は怪我をしている訳だし、だから本来の投球は出来ない。それでも試験を受けたいと言われているのだから…」
 どうやらこの刹那、この元プロ野球選手の脳裏には「この試験は怪我をしている方が有利(^^♪」という概念が、豪快にぶっ飛んでいるようだった。
 しかしこの元プロ野球選手が歩んだであろう厳しい現役時代、そして引退後の困難を極めた「第二の人生」の経験が醸し出す重厚な味わいが、その場にいた他の人たちの心を揺り動かし、「怪我をしている訳だしぃ、ともあれ、試験だけでも受けさせてあげましょうや」とか、「受けさせねぇと可哀そうずら」とかいう生暖かい、そして誤った雰囲気を醸成してしまったようだった。
 そういう訳で、体育省の次長でおあせられるお偉いさんは、威厳のある声でこう言った。
「今回は、あ~、特例として、え~、以後の試験も、お~、許可することにいたしまぁす」

 ともあれそういう訳で、みぃ太郎は右の後ろ足の痛みに耐えつつ、歯を食いしばって投げた。だけど率直に言うと、いつも下半身を使って投げていた訳では全くない。何と言うかまぁ、前足…、いやいや、所謂手投げなわけで、そいう塩梅で、右の後ろ足が痛くても、ほぼほぼ「普通に」投げられていたみたいですね。
 で、幸いスピードガンは89キロと表示し、そんで、合計10球投げて4球は抜けた球、4球は引っ掛かった球で元プロのキャッチャーでさえ捕れない球。2球だけがキャッチャーの捕れる範囲の球で、そのうち1球がど真ん中のストライクだった。
 それから変化球だが、みぃ太郎得意のシンカーは、判定員により「重力の作用で『落ちて』いるに過ぎない」とされ、つまり「変化球とは見なせない」とされ、そういう訳で見事合格となった。
 その他のおとぼけ連中も一応、投球のテストを受けはしたが、キャッチャーまで届かなかったり、投球中マウンドから転げ落ちたり、右投げなのに右足を踏み出して投げ続けたり、まぁとにかく後は推して知るべしで、球速測定どころではない状態で、全員無事合格した。
 その後行われた守備のテストでも、おとぼけ総出でグラウンドでぽろぽろやっていた。加えて、ノッカーを務める元プロ野球選手たちは、何とか合格させたい一心で、心を鬼にして手加減することなく火を噴くような打球を放ち、グラウンドには打球から逃げ惑う奴らの姿があった。
 最後は打撃のテスト。
 ここでピッチャーを務めたのは、この日訪れた元プロ野球選手の中でも唯一、輝かしい実績を持つレジェンド。元デモデモダッテの、あの田村長次郎氏であった。彼は還暦を過ぎたとはとても思えない、現役時代を彷彿とさせるあの「巻き割り投法」で、急速は135キロに及んだ。
「あの…、球速は120キロでいいんですけど…」
「いやぁ、僕は手加減するとストライクが入んないんでね。わっはっは」
 そういう訳で田村氏は135キロの、草野球の世界では鬼のような剛速球を投げ、しかも時折キレッキレのフォークも交え、そういう訳でおとぼけは全滅…、って言うか、全員合格となった。
 ともかく、おとぼけの7人全員が輝かしい「野低人」の称号を得ることができたのだ。
 青木も含め7+1の8人全員は飛び上がって喜んだ。それから山田みぃ太郎だけは着地の際の右の後ろ足の激痛で、もう一度飛び上がった。

     「認定は取ったけれど…」へ続く
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み