第3話

文字数 1,999文字

陰鬱な月曜日。何もやる気の起きない曜日に相応しいほどの気分だった。朝目が覚め、学校に行くだけでこれ程の気分を味わうのかと現実を受け入れられないまま、布団から出た。いつもの朝食、いつもの風景を眺めて学校へ行く。先週はこのいつもが終わりを告げようとはつゆ知らず、呑気に友達と話しながら登下校を繰り返した。貴重な登校を1回分消費して、学校へ到着した。
「今日は少数の足し算引き算をします。まず、少数とは1に満たない数字に点をつけて表します」先生が算数の授業で説明しているにも関わらず、僕の頭には何も入ってこなかった。この授業もあと何回受けられるのだろうかと漠然とした名残惜しさを思いながら話を聞いてみるが、「転校」の文字が頭の中でずっと響いていた。まだ誰にも転校のことは告げられずにいた。初めに誰に伝えようかと考えを巡らせていたが、結論は出なかった。休み時間になり、トイレに行き、気持ちを落ち着かせて外に遊びに行くとクラスの皆んなは一輪車をしていた。小学生特有の流行り廃りの激しい世界で今、この学年のブームは一輪車だった。このブームの初めは殆どの人が一輪車を乗りこなせていなかった。しかし一日、一日と日を追うごとに一人、また一人と一輪車に乗れる人が増え、今ではレースが出来る様になっていた。ルールは簡単で誰が一番遠くまでいけるかを競い合って、一番遠くまで行ける人はヒーローとなる単純な世界だ。僕は早速倉庫から一輪車を出して手摺りに掴まりながら一輪車に乗った。僕はまだ手放しで一輪車に乗れないため、手摺を使いながらペダルを漕いで進んだ。手摺から手を離し、数秒状態を維持してまた手摺を使う練習を繰り返して感覚を掴もうとした。いち早くヒーローになりたいその一心で練習をしていた時に
「やった!乗れた!」と同時に誰かが大声で
「凄い!」と感嘆の声を上げていた。
焦りに比例して心臓の鼓動が強くなっていくのが感じられた。
「焦ってもいいことないよ」背後から声がしたため振り返ると莉奈がいた。
「焦ってないよ。ちょっと驚いただけ」僕は動揺を隠すつもりで言った。
「それならいいけどね」莉奈は少し笑ってそう言った。
カッコイイところを見せたいというある意味純粋な気持ちで毎日練習を積み重ねたが、未だにコツを掴めないでいた。僕は手放しでペダルを漕ぐ練習をするも、自転車と要領が違っているのか苦戦を強いられた。莉奈は一輪車ブームの序盤から乗りこなせていたため、今では意のままに縦横無尽に一輪車を走らせていた。
「上手くいかないな」と僕は自分の中の苛立ちと焦りから独り言のように呟いた。
「私手伝おうか」莉奈は僕のもとにきて親切そうに言った。
「いや、大丈夫。1人で乗れるから」と僕は無下に断った。結局僕はこの日も一輪車に乗れずにいた。
学校終わりに僕はいつものように秘密基地へと向かった。秘密基地には既に2人がいて、ゲームをしていた。キャラクターを捕まえて、レベルを上げていき、クリアを目指すRPGゲームだった。2人は「ここのところクリアするの難しいよな」とはしゃぎながらゲームに集中していた。僕はそれをぼーっと眺めながらいつ転校の話を切り出そうかと考えていた。僕にとって受け入れられる事実ではなく、2人も受け入れられることではないと思っている。2人とは小学校入学から一緒に遊んでおり、僕にとって唯一無二の友達だった。3人で1つの世界を僕は壊して出て行く。自分のせいではないのに罪悪感と申し訳なさで心が痛んだ。また今後僕に代わる人が2人と一緒になり、新たな世界が出来るのであろうか。それとも2人は別々の世界を歩むのであろうか。考えても仕方のないことであるが、僕が出て行ったその後はどうなるのかと想像した。
「どうした?対戦しよ、対戦」と周五郎は寝た体制から僕を見上げて言った。周五郎の身を包んでいた寝袋がシャカシャカと音を立てて、僕を誘っているようであった。僕はリュックからゲームを取り出し、周五郎の誘いに乗った。僕はゲームに集中し、ゲームは束の間転校を忘れさせてくれた。夕方になり、帰りを合図する夕焼小焼が町内放送で流れた。僕たちはまた一茶の姉に怒られるのが怖かったため、階段を降りて早めに神社の駐車場へ向かった。
僕はそこで一茶と周五郎に転校のことを伝えた。今日言うつもりはなかった。ただ、会話の流れでまず一茶が
「大人って何考えているのだろうね」と一茶の両親の愚痴を言ったところから話が始まった。
「自分たちの都合の良い風にしか思ってないよね。これしなさいとかあれしなさいとか決めてくるし、こんな時間に出歩くのは危ないからってこの前みたいに姉ちゃん呼びに行かせてさ。自分たちの持ち物みたいな感じしない?」と一茶は不満げに言った。
「自分が将来大人になったらそうならないようにしようね」と周五郎は慰めるように言った。
「実は」と僕は転校について話始めた。
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