第4話

文字数 3,722文字

火曜日
一茶と周五郎に4月には転校することを打ち明け、1週間が経過した。まだクラスの皆んなには打ち明けず、2人にも転校のことを黙っていて欲しいと言ったため誰も知らない状態だった。また一茶と周五郎は別のクラスであり、学校内で休み時間以外に話をする機会はないため、特に情報が漏れる可能性は少なかった。母親にも自分で転校のことを言うから黙っていて欲しいと伝えていた。一輪車ブームはまだ続いており、休み時間になるとクラス皆んなはグラウンドにある一輪車倉庫に行き、各々お気に入りの一輪車を出して乗っていた。僕も倉庫からお気に入りである赤色の一輪車を出して乗った。この地域に雪は降らないが、冬の寒さがより一層厳しくなり時折風でグラウンドに土埃が舞っている中皆んなは一輪車で遊んでいた。僕はまだ手摺を使わなければ乗れないのだが、1週間前から比較するとかなり上達しており、手放しで5メートルほど進めるようになった。
「上手くなったよね」僕は手摺から5メートルほど進み、足をついた瞬間莉奈は僕を褒めた。
「まあね。毎日休み時間に乗って練習してるからね」僕は再び手摺に戻ると気取ったように言った。
「早く乗れるようになって、運動場1周しようよ」
「練習して早く乗れるようになるよ」僕は莉奈へ自信満々に答えたと同時に別の方向へ目を遣った。
僕の好きな子はそこにいた。彼女は友達何人かと談笑しており、嬉しそうに笑っていた。彼女はポニーテールにオレンジ色のフリースを着て、ベージュのパンツを履いていた。笑った彼女を見ると、嬉しい気分になるし、話をした日はその日中、心の中から何かキラキラしたものが輝きを放っている感覚があった。最初は特に意識もせず、同じクラスメイトとして話をしていたのだが、話をしているうちに彼女の笑った顔やユーモアのある表現に魅了されてしまった。彼女には付き合っている人がいて、その子も僕と同じクラスであり、友達だった。二人が付き合い始めた時期は丁度秋くらいで、まだ金木犀が香り始める前だった。当初二人が付き合っていると聞いた僕は祝福した反面悲しかった。まだ僕は彼女のことを好きではないが、気になる人になりつつあるそんな時であった。その2人と僕とクラスメイト何人か遊んだこともあるが、常に僕は複雑な思いが入り混ざった感情を心の底に感じた。僕は3ヶ月後にはここを離れてしまう。好きという思いを伝えるべきか否かと転校することをどう伝えたらいいか混乱した。考えがグルグルと頭の中で回り、解決困難な状態になったところで
「どこ見てるの?何かあった?」と莉奈が不思議そうに聞いてきたので、視線を戻した。
「いや、みんな一輪車乗るの上手だなって思って見てただけだよ」僕は誤魔化した。
「そのうち上手くなるよ」莉奈は笑ってそう僕に言った。
学校終わりに秘密基地に向かう途中に彼女が居た。彼女は1人で家に帰る途中のようだった。
「今、帰り?」と僕は話かけた。彼女は突然話しかけられてびっくりした様子だったが、僕と分かって安心し
「そうだよ。今日は近くのおじいちゃんの家に行くの」と彼女はランドセルの肩ベルトが肩から落ちたのを掛け直して言った。
「そうなんだ。今から神社にある秘密基地に行くんだけど、一緒の方向だね」
「秘密基地?面白そうだね」と彼女は興味がありそうな声で言った。
「毎日友達とゲームしたり、お菓子食べたりで面白いよ」と僕は彼女と会話できた嬉しさで自分が思っている以上に楽しそうな声でそう言った。
「今度行ってもいい?」彼女は僕が思ってもいない質問をした。
「もちろん、いいよ。寒いから防寒忘れないようにね。」僕は弾んだ声を抑えきれずに彼女へ言った。その後は今日の出来事など、雑談をしながら商店街を抜けて、交差点の信号前にたどり着いた。
「私こっちだからまた明日ね」とお互いに別々の方向へと分かれた。僕は彼女と別れ、すれ違う人に怪しまれないように冷静を装いながら秘密基地へ向かった。しかし、心の中では彼女と2人きりで会話が出来たのと秘密基地に来たいと言ってくれた喜びでいっぱいだった。
秘密基地に着くと僕が一番乗りだったらしく、2人はまだ居なかった。僕は先程の会話を思い出しながらニヤッとした。彼女が今度まで秘密基地へ来るとニヤニヤしながらランドセルを降ろし、防寒着を着ている時に
「どうした。ニヤニヤして」と背後から声がしたため、振り返ると2人が居た。表情を戻したつもりでいたが、戻りきっていなかったのか顔が半笑いのようになった。
「なにその顔」と2人は大声で笑った
「何かおかしかった?」と僕は惚けた感じで確認すると
「後ろから見てたら服着ながらニヤニヤしてるなと思って声かけたんだけど、振り返った顔が今日いい事ありましたって顔に書いてあるみたいで面白くて」と2人はまだ笑っていた。
「今日好きな子と話せて、今度秘密基地来たいって言ってくれたんだよ」と僕は先程の会話を要約して言った。2人は座ってお菓子を食べながら僕の話を聞いていた。カラスの巣が近くにあるのであろうか時折「カー」と鳴き声に話を遮られながらであった。
「好きな子いたんだ。誰?誰?もしかして莉奈?」2人は驚き、前のめりになって聞いてきた。
「違うよ。莉奈は友達で別の子」と僕は彼女の名前を言った。
「マジか。その子って確か他に付き合ってる人がいるって聞いたことあるけど」クラスが違う2人も知っているということは恐らくこの事は周知の沙汰だろう。
「そうだよ。しかも彼とも友達なんだ」
「え?それ無理じゃない?」と周五郎は疑問を持つように言った。「無理だと思う」と一茶も同じことを言った。
「だって、友達を裏切ることになるんだよ。僕はそんなことできないな」と周五郎は少し語気を強めて言った。
「やっぱり無理かな」僕は認識はしていたが、改めて言われるとショックを受けた。
「友達同士なら無理じゃない?それより、莉奈が良いんじゃない?絶対お前のこと好きだって」と一茶が揶揄った。
「莉奈はやっぱり友達かな。友達としては好きだよ」と僕は叶わぬ恋をしているんだと改めて認識し、ショックを引きずったままだった。
友情と恋どちらを取るのかこれまで何十年、何百年、何千年と歴史の中で永遠のテーマとして繰り返し語られてきた。自分と友達と好きな人の三角関係が複雑に絡み合いその他の人を巻き込みながら歴史上のそれぞれの物語は展開し、積み重なった。どちらの選択が正しいかは未だに決着しておらず、個々人の考え方と状況1つで友情と恋が逆転する。自分を抑えるのか、相手を傷つけるのか、両方が傷つくのかの選択を迫られる。誰かが傷つき、誰かは損をする。この関係で両方勝者はないく、あの時こうしておけばと後悔しても「後悔先に立たず」の失敗を繰り返す。その経験が後に良い思い出になるのか一生引きずる苦い思い出になるのか。
僕はその会話の後、モヤモヤとした気持ちとどちらを取るのかの考えで頭がいっぱいになり、その後の一茶と周五郎の会話は覚えていなかった。僕は夕方前に体調が悪いと言って先に神社の階段を降りて駐車場まで戻ってきた。太陽が沈む準備をしている空を眺めながらしばらくの間ぼーっとした。それから僕は家路につきながら流れる雲と冬空の変化を時々見上げては立ち止まり観察した。その時ふと僕は彼女は僕のことをどう思っているのだろうかと気になった。クラスメイトの1人か友達の位置付けぐらいだろうとは思っていたが、仮にでも好意があったらなと淡い期待を抱いた。また万が一にでも付き合えたら僕はこの上なく幸せなのだろうなと妄想を膨らませていた。彼女と楽しい毎日を過ごしてずっと一緒に居る。単純なことなのだろうが、それを達成するには障害が沢山あった。小学生の僕にはお金を稼ぐ術もなく、結婚さえも程遠い。彼女を養うどころか義務教育も終わっていない。それ以前に僕は4月に転校しなければならない。嫌なことを思い出してしまい僕は唇を噛んだ。時間が経てばどんな人でも自然と大人として見なされる。僕は早く大人になりたかった。大人になれば自由になれ、彼女の気持ち次第ではあるが、ずっと一緒に居られる最低限の条件が揃う。皆んな歳を取れば大人になっていき、自然と大人な振る舞いが出来てくるのだろうか。子供と大人の違いは何だろうか。僕は大人になれるのだろうか。大人ってなんだろうかと漠然とした疑問が浮かんできた。思えば思うほど答えの分からない疑問が溢れ、頭が混乱してきたため一旦考えるのをやめた。無心で歩き、家の近くまで帰ってきた時には夕焼け雲になっていた。冬独特の匂いを感じながら澄んだ空気で夕焼けは綺麗に輝いていた。僕はこれからどうしたら良いのだろうか。好きな人のこと、友達のこと、転校のことと様々な考えが僕の頭の中で目まぐるしくカラカラと音を立てて回転していた。まるでハムスターが回し車を走っているようであった。好きな人と友達のことは一茶と周五郎の諦めるべきだと言葉が突き刺さった。転校については心の中でまだ受け入れられていないが、2人に話したことで夢ではなく現実だと徐々に認識を始めていた。
「ただいま」と僕は家に帰った。
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