第1話

文字数 1,479文字

突然の転校だった。
1月にそのことを告られて4月には車で片道2時間程度走らせれば到着する場所に転校する。
車で片道2時間は大人にとって大したことではないのかもしれないのだが、生まれてからずっとこの土地で育った小学生低学年の僕にとっては未開地に行けと言われてるくらい絶望感に苛まれた。

寒空の下でいつもと同じように神社の駐車場のパーキングブロックの上に腰を下ろし、何気ない会話の途中だった。
「転校するんだ」と重い口を開いて一茶と周五郎に言った。一茶と周五郎とは3人でよく遊んだ。100段ほどある階段を登った神社で秘密基地を作り、夏には蝉取り、冬には内緒で焚き火で暖を取った。秘密基地と言っても入り組んだ林の中で木々の間をビニールシートと針金で四隅を固定し、地面はビニールシートを引き、四隅をナイフで刺して固定したタープのように簡易的なものだった。その事実を伝えたとき、これらの思い出が走馬灯のように駆け巡り、自分を包み込んだように思えた。
一茶も周五郎も言葉を失っていた。
恐らく自分と同じように思いを馳せているのかもしれない。
「嘘だろ?」「信じられない」その言葉をきっかけに「どこに?」「いつから?」次々と質問がきた。
質問に答える度に自分の無力さがさらに身に染みて自分が惨めにな気分で悲しくなった。

ある日の夜、両親はリビングでテレビを見てた僕をダイニングテーブルの椅子に座るように言い、転勤することを告げた。それと同時に4月に転校し、1ヶ月後に新居を見に行くということだった。目の前が真っ白になった。これまでこの例えは少しオーバーじゃないかと思っていたが、その表現通りに視界が一瞬白くなり、音のない世界に入り込んだように聴覚も一瞬であったが奪われた。
「嫌だ。ここに残る。」聴覚が奪われたせいかこの言葉が出るのに少し間が空いたのかもしれないが、開口一番両親にそう言って抵抗した。心の奥底では抵抗しても無駄かもしれないと思っていた。ただ無駄かもしれないが、ほんの少しでもその決定が覆るのではないかと淡い期待をして抵抗した。そんな期待とは裏腹に
「お前の将来のためでもあるから転校するんだ」の他に
「新しい場所には新しい出会いもあるから」と最もらしいことを両親に言われたが、当然の如く納得が出来なかった。
「お父さんだけが転勤したらいいじゃん。なんで転校しなきゃいけないの?何で勝手に決めるの?」そう問いかけても
「決まったことだ」と無慈悲な答えが返ってきただけだった。
泣いた。両親への怒りと自分の無力さ故の行き場のない怒りで叫ぶように泣いた。いくら押し殺そうとしても無理だった。泣き声が口から発せられ、空気が振動し部屋の中空気が泣き声で一杯となり、溢れんばかりの状態となった。声と涙が出続ける限り泣き続け、周りの声など聞こえるはずもなく、ただ赤子のように泣いた。
泣き疲れ一通り空気の振動が終わった後に静寂だけが残った。
静寂に包まれた室内は孤独だった。両親は慰めの言葉を投げかけてくるが、ただその言葉は僕にとって空虚な空気の振動でしかなかった。両親の都合だけで自分のそれまで築き上げてきた人間関係がリセットされる。友達と離れ離れになるのは許されることなのだろうか。
涙を拭った後、泣いたために強張ってしまった身体が脱力し、しばらく放心状態となった。心は全く穏やかではなかったが、少し落ち着きを取り戻し脱力した体を無理やり動かして、歯を磨き眠りに落ちた。目が覚めたら転校することが夢でありますようにと。
次の日は土曜日だったため、目が覚めた時はお昼に近い時間で、悪夢は悪夢のままであった。
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