第7話

文字数 3,008文字

金曜日
翌日の2月15日は不思議と目覚めが良かった。いつもの起床時間の少し前に目が開き、布団から起き上がった。布団の暖かさから急に2月の厳しい寒さに晒され冷たい空気が肌を刺した。「さむっ」と独り言を言ってから寝室を出てリビングに入った。父親は既に仕事に出かけて、母親が台所から「おはよう」と言った声だけ聞こえた。僕は普段と変わらない朝食(パン、牛乳)をとり、身支度を済ませて学校へ向かった。登校中に僕は考えている事を纏めた。僕は由貴が好きだ。これは普遍の事実だ。周五郎も大事な友達だ。これも普遍の事実だ。恋か友達かの選択ではなく、両方を取りたい欲張りな選択だった。僕は由貴に好きだと打ち明けたい気持ちは本気だと周五郎にハッキリと言う。周五郎は恐らく昨日と同じような事を言うだろう。僕は素直な気持ちを整理した。
学校に着いてから僕はすぐに周五郎のクラスへ向かい周五郎を呼んでもらった。
「何?」挨拶もなく、周五郎は明らかに不機嫌そうだった。
「ちょっといい?」僕はそう言って渡り廊下へ連れ出した。そこへ行くまで僕と周五郎は無言だった。いつもならばゲームやアニメの話をするのだが、そのような雰囲気ではなく数十秒が数時間に感じる程只々気まずい空気だった。
「昨日の事だけど」僕は重い口を開いて言った。空気が張り詰めた気がし、僕は言葉が続かなく、沈黙があった。僕は考えたけどやっぱり由貴に気持ちを伝えたいと周五郎に言うのが怖かった。周五郎が怒るから怖いのではなく、嫌われるのが怖かった。動悸が激しくなり、鼓動が大きくなった。意を決して
「一晩考えたんだけど、由貴ちゃんに好きって気持ちを伝えようと思う。周五郎は嫌かもしれないけど、自分の気持ちに嘘つくと友達にもいつか嘘をついてしまう気がするんだ。」周五郎は黙っていた。僕は続けた。
「もし、付き合っている相手が周五郎や一茶だとしても僕は気持ちを伝える。そして二人にもそれを言う。だから僕は由貴に好きな気持ちを伝えたい後、由貴ちゃんと付き合っている勇輝くんにその事を言おうと思う」僕は自分の声が恐怖心からいつもと違って聞こえた。また沈黙が辺りの空気を支配した。周五郎は何かを考えているように見えた。僕は不安が押し寄せてくるのを堪えながら周五郎が口を開くのを待った。しばらくして周五郎が静かに言った。
「気持ちは分かったし、昨日は俺も言い過ぎたと思う。ただ俺は友達の方が大事だと思うし、その考えは変わらない。勇輝くんがどんな子か分からないけど、良い気持ちはしないと思う」周五郎は言葉を探すように途切れ途切れで言った。一言一言が僕の胸に刺さった。しかし、反対に周五郎に打ち明けることで胸を撫で下ろしたのも事実だった。
「転校で不安な中、キツい言い方してごめん。正直に言ってくれて有難う」周五郎は続けて言った。
「仲直りできたかな?」僕は改めて聞いた。
「んー。どうだろうな」周五郎は惚けた顔をした。緊迫した空気はなく、いつもの空気に戻っていた。僕はホッと一息ついた気分になった。
「そろそろ戻ろうか。授業始まるよ」僕と周五郎はそれぞれのクラスに戻った。

授業が終わった。僕の中では朝周五郎に由貴へ気持ちを伝えると正直に話せたことで1日が終わったように感じた。そこから授業が終わるまでは一瞬の出来事のように感じた。一つ僕が落胆したのは由貴が学校を休んだことだった。由貴が学校を休むのは滅多になかった。寒くなったから風邪を引いたのかもしれないなと心配した。授業が追ってから帰りの会まで早送りをしたように過ぎていった。特に何も起こらず終始平和な日だった。一輪車ブームは収束しつつあった。1人、また1人と日々乗る人が減っていった。僕は自由自在とはいかなくとも、グラウンドを一周できる程に成長した。レースも参加し、好成績を収める時もあったぐらいだった。僕の中ではまだ一輪車ブームであった。元々乗れたタイミングが遅かったのと、乗る為に練習を重ねていたため休み時間にグラウンドへ行く習慣がついてしまっていた。
放課後も少しだけ一輪車に乗りたいなと思い、一人でグラウンドへ向かった。倉庫で一輪車を取り出し、いつもの手摺の場所まで行った。慣れた動作でサドルにお尻をのせて、勢いよくペダルを漕いだ。冬の空気は冷たかったが、それよりも一輪車を乗りこなせている満足感が高かったため、寒さは感じにくかった。「気球にのってどこまでも」の歌詞が浮かんできた。丁度音楽の授業で歌っている課題曲だった。
時にはなぜか大空に
旅したくなるものさ
気球にのってどこまでも行こう
風にのって野原を越えて
雲をとびこえどこまでも行こう
そこに何か待っているから
ハミングしながらペダルを漕ぐ。どこまでも行ける気がした。グランドの端からスタート地点を見ると、手摺付近に誰かがいた。目を凝らして見ても距離が遠すぎて誰か分からなかった。一輪車で再びスタート地点に戻り、その途中で次第に誰かが判明した。それは莉奈だった。
「どうしたの?」僕はスタート地点に帰ってきて、一輪車から降りて尋ねた。
「昨日、言えなかったことを言おうと思って」莉奈は躊躇いながら僕に言った。僕が莉奈の告白を断ってから僕と莉奈には一定の見えない溝があった。それは深く暗い溝だった。
「私、振られても諦めない。由貴ちゃん可愛いし、面白いし、優しくてモテると思うけど、私の方が良いって思ってもらえるように頑張る。だから転校しても手紙送ってもいいかな」莉奈は僕にそう聞いてきた。僕が周五郎について何て言おうか悩んでいるのに対して莉奈は僕に対して何て言おうか悩んでいた。状況が違っても同じような悩みを抱えていたんだなと僕は莉奈に共感した。
「有難う。僕も由貴ちゃんに好きって言うか悩んでいたけど、由貴ちゃんに好きな気持ちを伝えようと思う。勇輝くんとは友達だけど、自分の気持ちに嘘をつくといつか他の人にも嘘をついてしまうって思うし」僕は周五郎と同じ説明を莉奈にもした。
「そっか」莉奈は悲しそうな顔をした。また気まずい空気が流れそうになった。
「僕も手紙出すよ。新しいところがどんな場所か莉奈ちゃんにも教えるね」僕は話題を切り替えた。
「いつか私も大きくなったらその場所に行くよ。ここは藤の花が有名だけど、そこは何が有名なんだろうね」藤の花。僕が通う市の小学校の近くに大きな公園があり、藤棚がいくつもあった。無論、この冬の時期は藤の枝のみが見えるだけだった。しかし、藤の花が咲き誇るゴールデンウィーク時期は公園の至る所で紫色が映えていた。藤の花が幕のように垂れ下がり、道行く人々を立ち止まらせるほどに心を奪った。またその時期に藤祭りが開催され、多くの人々で賑わっていた。僕も何度か祭りの時期に行き、藤の花に心を奪われた。特に夜は街灯の光が藤を照らし、紫色がより鮮明に映し出された。その情景がふと目に浮かび、それを見れなくなるのかと思うと心残りであった。
「次行くところは都会だからビルとか建物が多いのかな。今週に新しい場所の家を見に行くから帰ってきたら言うね」僕は莉奈とそう約束した。先程から比べると空気が和らいだ気がした。
「有難う。お土産待ってるね」莉奈は笑顔になった。久々に莉奈の笑顔を見た気がした。それくらい僕と莉奈に溝があった。お互いに気まずく避けていたのかもしれないが、一旦は元に戻ったであろうと胸を撫で下ろした。
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