第2話

文字数 1,590文字

土曜日
布団から起き上がってリビングへ行くと空気も匂いもいつもの日常に戻っていた。窓から光が窓枠の形に差し込んでいた。お昼に近いこともあり、空腹に耐えかねて冷蔵庫を開け中身を見てみた。ざっと中を見て牛乳、バナナ、ヨーグルトを取り出し空腹を満たした。両親は仕事に出かけていたため、昨日の出来事が夢かどうか確認が出来なかった。服を着替え、歯を磨き出かける準備を整えた。最後にジャンパーを羽織って家を出て今日もいつも通り秘密基地に向かうために自転車で走り出した。自転車を漕ぐと憂鬱なことを忘れていつも爽快な気分になる。風と一体になり自分は自由にどこへでも行けるとそんな妄想を抱きながら
信号を渡って駄菓子屋の前を左に曲がり、カラオケ屋を過ぎた道を右に曲がりと身体に染み込んだルーティンをこなすように進んでいく。神社の駐車場に着き、自転車を止めて一茶と周五郎とを待った。
「おう」という声で周五郎がきた。そのあとに少し遅れて「遅れてごめん」と一茶がきた。先週駄菓子屋で買ったお菓子を分け合ってると一茶が昨日のアニメの話をしてきた。「撃破〜」一茶はアニメの主人公の耳の奥に響く何とも言えないアルトに近い声のモノマネをするのが上手で聞き入っていた。「一茶ホント上手いよな」周五郎は心の底から感心したように言った。なんとなくの会話と下らない冗談を言い合うこの瞬間が好きだった。
それから僕たちはいつものように階段を昇り、神社の中にある秘密基地に向かった。
1月ということもあり、それぞれ防寒できる格好で寒さをしのぎながら秘密基地でお菓子を食べ、ゲームをし、音楽を聴いたりと各々好きなことをして過ごした。夕方近くなり、日も暮れ始めた時に「もう夕方か〜家に帰りたくないな〜」と一茶が呟いた。全員が顔を見合わせて頷いた。「もう少し居ようか」と僕は言った。またそれぞれ好きなことをしていると秘密基地に一茶の姉が現れて「こら!早く帰りなさい」と怒鳴り声が神社中に響いた。結局一茶の姉の一言で解散となってしまった。自転車で家路に向かう途中辺りは太陽が沈んで薄暗くなり、街灯がちらほら付き始めたそんな時間だった。夜風が冬の乾燥した匂いと枯れた木々から発する匂いに包まれて身を切るような寒さが自転車を漕ぐと耳たぶを通り抜けていった。お昼に少し食べた以外はお菓子しか食べていなかったため、今日の晩御飯を予想しながら身体に染み込んだルートで帰宅した。
帰宅すると母親が晩御飯を作っており、メニューは肉じゃがとほうれん草とコーンのソテーだった。肉じゃがの醤油、みりん、酒が煮立った匂いとほうれん草とコーンのソテーのバターの匂いが混ざり合いリビングのドアを開けた時に鼻を通り抜けた。帰り道に洋食を思い浮かべながら自転車を漕いでいたため、期待が外れて心の中で残念がった。料理を作っている母親の横で今日の出来事を報告するのと同時に昨日のことを訊ねようとしたが、夢であって欲しいのとその夢が醒めて現実を受け止め切れるのかが怖くて訪ねるのを止めた。「転校って本当にするの?」この一言を発したあとの答えに耐えれる自信がなかった上に心の準備をする期間があまりにも短かったため、この問いに対する答えを先延ばしにしようと思った。
しかし、この決意とは裏腹に母親から「転校についてだけど」と準備がないまま会話が始まってしまった。
「やっぱり新しい家がいいよね」と悪夢が始まった。
「転校しないから」と抵抗する。
「決まったから仕方ないでしょ」
「嫌だ」
「新しい学校でも新しい出会いがあるし、すぐに慣れるよ」
「今のままでいい」
「お願いだからワガママ言わないで」
「ワガママなのはどっちだよ」
「勝手にしなさい」
「転校しないから」
現実はいつも残酷であり、受け入れたくても受け入れるには重すぎることもある。この事実を一茶や周五郎、他の子に伝えるのが嫌でたまらなかった。
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