第6話

文字数 3,976文字

木曜日
2月14日のバレンタインに僕は由貴と莉奈からチョコを貰った。両方とも義理チョコだった。由貴からは「チョコあげる。義理チョコだけど」と言われ、莉奈からは「はい、チョコ。皆んなに渡してるから勘違いしないでね」と言われた。
莉奈に告白されて、断ってからお互い気まづくいつも通りの関係とはいかなかった。
莉奈から告白をうけたあの時、僕は「有難う。嬉しいけど他に好きな人が居るから」と断った。気持ちが揺らがなかったかと言われれば揺らいだが、それでも由貴が好きな気持ちの方が強かった。片想いで叶わなくて、勇輝と一緒にいるのを嫉妬しても由貴が好きだった。莉奈は告白を僕に断られて泣いた。僕は莉奈が泣いているのをただ見ていることしかできなかった。悪いことをした気分になり、申し訳なさが出てきた。
「ごめん」と僕は謝った。莉奈は応えずただ泣いていた。僕は莉奈が泣き止むのを待ってもう一度「ごめん」と言った。莉奈は泣いて腫れた赤い目を僕に向けて「いいよ。仕方ないよ」と言っただけだった。僕は莉奈を傷つけ、自分自身も傷つけた気がした。告白する方も断る方も嫌な気分になる。感情のない世界に行けたらどれだけ楽なのだろうと妄想してみた。このシーンで僕は申し訳ない気持ちにならないし、莉奈も嫌な気持ちにならない傷つかない世界で告白したと断った事実だけが存在していた。そんな世界があればなと願望だけが先行したが、結局そんな世界は来ずに僕と莉奈の間に気まずい空気が流れた。「じゃあね」と言ってお互い別々に帰った。
莉奈に告白された翌日に僕は由貴に転校を打ち明けた。
「実は4月に転校するんだ」僕は由貴と勇輝と話している途中で切り出した。2人で由貴が転んだシーンを茶化していた後だった。
「冗談でしょ?」由貴と勇輝は顔を見合わせて真剣なトーンで聞いた。
「いや、冗談じゃなくて本当なんだ。」僕は泣きそうになった。由貴と離れ離れになると想像しただけでも辛かった。泣くのを堪えていたところ由貴は僕から見て左目から一筋の涙が頬を伝った。それと同時に目に涙が溜まっていた。
「ごめん、びっくりして涙が出てきた。」由貴は両頬から大粒の涙を垂らした。勇輝は由貴の頭に手をポンと置き、大丈夫と慰めた。何があったのと他のクラスメイトが集まってきた。そして集まってきたクラスメイトに事情を説明すると同時に僕は転校のとこを告げた。みんな各々僕に「寂しくなるな」とか「行かないで」と同情の言葉を浴びせてくれた。莉奈は僕達を遠くで見ていた。黒板を背景に悲しそうな目をした光景は印象的だった。由貴は落ち着きを取り戻してから「お別れ会しなきゃね」そうぽつりと一言僕に言った。

チョコを貰った包みに手紙が入っていた。
最初転校と聞いてびっくりしたよ。せっかく仲良くなれたのにあと数ヶ月したら会えなくなるなんて想像できないな。あの時は泣いてごめんね。想像したら泣けてきちゃって。あと数ヶ月楽しい思い出いっぱい作ろうね
由貴より

当たって砕けろの精神で振られても良いから気持ちを打ち明けるか悩んだ。由貴に告白すれば勇輝との関係が崩れるかもしれないし、由貴との関係も莉奈のようにギクシャクしたものになるかもしれない。どちらにしろ4月になれば僕はこの場所を離れ、遠い土地へ行く。由貴と付き合いたいではなく、新たなスタートを切る意味で気持ちだけでも伝えたいとそう決意した。いつ由貴に気持ちを伝えようかと考えたが、やはり最後に会う時に伝えるのがベストだと思った。
学校終わりに莉奈に体育館横の花壇に呼び出された。その場所に行くと既に莉奈は居た。
「好きな子ってもしかして由貴ちゃん?」莉奈は一言目にそう言った。図星だ。いつも莉奈は核心を突いた質問をしてきた。僕は莉奈に対して嘘をついても隠し通せる気がしなかった。
「うん。そうだよ」と短く答えた。
「そっか。由貴ちゃん可愛いもんね」その後沈黙があった。莉奈は何か言いたげな顔をした。
「今日は何するの?」莉奈は再び僕に質問をした。
「秘密基地に行って、一茶と周五郎と遊ぶかな」僕は普段通りのトーンで答えた。
「じゃあまた明日ね」莉奈は結局何か言いたげな顔を崩さないまま手を振った。
秘密基地へ行き、一茶と周五郎にチョコを自慢した。
「今日チョコ2個も貰っちゃった」僕は由貴と莉奈からのチョコを見せびらかした。
「モテる男は違うね。莉奈とあとは誰から?」一茶は茶化した。
「由貴ちゃんだよ。僕の好きな」と嬉しい気持ちを一杯に体で表現した。
「叶わない恋の子ね。いつまで引きずっているんだよ。諦めて莉奈と付き合いなよ」一茶は莉奈を勧めてくる。
「まだ振られてないし。あと、最後に会う時に好きな気持ちを由貴ちゃんに打ち明けようと思う」僕は相談の意味も込めて2人に言った。
「好きって言ってどうするんだよ。それで満足するの?」周五郎は語気を強めた。
「付き合えるなんて思ってないし、振られると分かってても気持ちだけ伝えたいなって思う。それで十分満足するよ。」
「友達関係を崩してまで告白する気持ちは分からないな。友達の方が大事だって。もし俺とか一茶が付き合ってたらそれでも告白するのかよ」周五郎は怒った。怒った周五郎を初めて見たため、僕はギョッとした。友達関係を人一倍大事にする周五郎だからこそ今回の僕の行動に腹が立って仕方ないのだろう。僕は勇輝との友達関係を崩そうとは思っていなく、由貴にただ気持ちを伝えたいだけだった。
「帰る」周五郎は持っていたゲームをバンと乱暴にランドセルの中に入れ、靴に足を突っ込み、慌ただしく走って秘密基地から離れた。残った一茶と僕は無言のままゲームの続きをするが、気まずい空気が流れていた。5分程経って、お互いこの場に居づらくなり荷物を纏めて「帰ろっか」と言った。神社の駐車場まで降りて、別々の方向へと散った。
帰り道僕は周五郎の怒りにただ凹んでいた。
純粋に相手に気持ちを伝えるだけであるのに、片方の関係も気にしなくてはならない。彼方を立てれば此方が立たない状態であった。僕がこのまま気持ちを抑え込めば誰も傷つかないが、僕自身に後悔が残る。気持ちを伝えれば由貴はもちろんのこと周五郎と勇輝との関係も崩れるかもしれない。悩めば悩むほどわからなくなってくる。まずは周五郎と仲直りすることが先決だと思った。喧嘩してしまった日は気分が重く、足取りも重い。周五郎を怒らせてしまって、会う時に気まずさとぎこちなさが出てしまう。家に辿り着くまで何度もため息をついた。道端の枯葉を踏む度にカサカサと音を立てて千切れていく。現状解決の出来ない問題にぶつけようのない怒りを覚え、枯葉を散り散りに踏みつけた。無惨にも枯葉はバラバラになり、小さな破片となった後、風で消えた。僕はそれを見て人の関係もこの枯葉のように一つとなったものがバラバラになって風に飛ばされるように消えていくはかなさを感じ悲しくなった。しばらく枯葉の破片が風で散った後を見つめながら立っていた。また風が吹き、寒さで我に返った。また僕は家に向かって歩き始めた。
「ただいま」と僕は家のドアを開けた。
今日父親が帰ってくる。毎日帰ってくるのが当たり前の家庭が多いかもしれないが、ウチの家は父親の出張が多く、1週間は帰って来ないのがザラだった。
夜風呂から上がった時に「ただいま」の声が聞こえ父親が帰ってきた。玄関に行くと大きなスーツケースと書類が沢山入ってるであろう鞄を提げていた。車からそれを次々と降ろして玄関に並べた。長旅をしてきた鞄は十分使い込まれたであろう形だった。帰ってきた父親は鞄がくたびれたのと同じような疲れた表情をしていた。「おかえり」と僕は声をかけた。「はい、これお土産」と白い紙袋を僕にくれた。中身は大福だった。僕は「ありがとう」と言ってリビングにもっていった。周五郎を怒らせてしまっていた落ち込みから少し立ち直りつつあった。父親が風呂から上がった時に
「来週新しい家を見に行く」と僕に告げた。見ず知らずの新しい土地に行く。転校を受け入れつつあった僕だったが、急に嫌な気持ちになった。転校が着々と迫ってきているように感じられたからだった。時間が止まって欲しい。永遠にこのままが良い。心の底から思うも、常に現実は非情だった。
「本当に転校しなきゃいけないの?」僕は望みをかけてもう一度聞いた。
「しなきゃいけないよ」父親はそう言った。無機質な言葉だった。
「そう言えば今日バレンタインだったな。チョコ貰ったのか?」父親は話題を変えた。僕が相当落ち込んでいたのだろう。
「貰ったよ。2個も。両方とも義理チョコだけどね」僕は自慢気に言った。
「そうか。好きな子とかいないのか?」父親は何気なしに聞いてきた。
「いるよ。けど、その子は別の子と付き合っていて僕と同じクラスの友達だよ」
「最近の小学生は進んでいるな。そんな複雑な恋をしているのか」父親は驚いた声で言った。
「僕は転校するから好きだって言おうとしたけど、友達から今の友達関係を崩すのは良くないから辞めた方がいいって反対された」僕は悩みを打ち明けた。
「それも一つだな。自分はどうしたいんだ?」
「僕はこのまま気持ちを伝えないのは嫌だから言いたいけど、反対した友達と喧嘩になるのは嫌かな」
「それなら反対した友達に応援して貰えるように言うのが今の気持ちだよ。沢山解決方法がある中の自分が我慢するか相手を説得するかで説得するを選んでるわけだしな。難しいと思うが、正直な気持ちで言ったら分かって貰えるかもしれない」父親はそうアドバイスをした。周五郎を納得させるのは困難で最悪喧嘩別れみたいになるかもしれない。しかし、自分の気持ちに正直になることで理解を示してくれるかもしれない。不安に駆られながらも周五郎と話をしようと決意を固めた。
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