第16話

文字数 1,865文字

 とはいうもののこちらは商船。あちらは軍船。戦列艦ではないが、それでも武装があるのは違いがない。
「一応聞いておきますが、この船に武装は?」
「商船だぞ。精々護身用の臼砲が2台と石弓と刀剣くらいだ」
 まあ、それでもあるだけましか。
「なら臼砲はいつでも撃てるようにしておいてください。掘っ立て小屋の裏と艦橋の影に隠して配置して」
「わかった……」
「進路を真東に向けて全速力」
「勝機は……?」
「勝って生き残るか、負けて全員ここで死ぬか、そういう仕事ですよ」
「……分かった」
 この船の積み荷が教会に渡るくらいなら、自爆をすると最初に聞いている。私も教会に捕まれば間違いなく処刑される。そうなれば消去法で戦うしかない。
 船は進路を真東に向けながらクラッチを完全につなげて全速力。艦橋の監視員から敵の動向が常に聞こえてくる。
「あちらは2と1。最初に追いつくのは北東の1隻。臼砲を北東へ向けてください」
 いつの間にか船夫は私の指示に従うようになっていた。
 甲板に出されていた臼のような臼砲のひとつは北東に向けられた。この臼砲という物は、砲身が太く短い近接船専用の砲だ。火薬の詰まった大口径のりゅう弾を発射する事が可能だが、射程距離が致命的に短いという難点がある。というのが定説。
 私は望遠鏡を取り出して敵船を見た。距離はおおよそつかめた。
 この世界にはまだ弾道計算を用いた砲兵術は殆ど運用されていない。私はおぼろげな記憶を頼りに弾道を計算し、砲を微調整する。と言っても動いているし、この世界は風が強い。長射程の専用の砲じゃない限りまともには当たらない。
 わかっている。
 だが近くに着弾すれば、威嚇になる。警戒される。
「合図で撃って! 4……、3……」
 装填を終えている大砲の横で、船夫が火縄を火口へ近づけ、こちらをまっすぐ見つめる。
「2……、撃て!」
 轟音が、甲板を揺らす。振動が蒼穹に突き抜ける。
 仰角が高く発砲された砲弾は、横風を受けて若干横に逸れながら放物線をなぞる。
 私の雑な計算式通りにいけば、大人の頭ほどの大きさがある砲弾は北東の1隻のほぼ進行方向の手前に着弾するはずだ。
 狙い通りに落ちてくれよと思っていたが、望遠鏡で見ていた敵船は、飛来する砲弾を確認するや大きく進路を変えてきた。それでも重鈍な敵船は大きな進路変更にはならず、砲弾は先ほどまで進んでいたコースの上に落ちた。ちくしょう。
 しかし幸いなことにはじけ飛んだりゅう弾の火の粉が船まで跳んでいった。細かい火の粉が足や甲板に着き、船夫達が大慌てで消火作業に当たっている。
「次装填! このまま全速力!」
「アイアイ!」
 艦橋からの返答。まるで私が船長みたいになっているけど、大丈夫だろうか。
「艦橋側装填は!?」
「いつでも撃てます!」
 艦橋に隠している臼砲へ駆け寄り、望遠鏡で敵船を確認。真っ当に考えればまだ遠い。遠いがもうすぐ絶好のチャンスが来る。
「もう少しだ。もう少し」
 臼砲の仰角を微調整する。もう少しでいい。
 船は真東へ向かって全速力で走っている。もう少し。
 敵船はまだ間合いがある。敵も船の甲板に置かれている握り拳大の砲弾を撃てる中型滑腔砲を用意しているだろうが、互いに距離がありすぎるので撃たない。砲は一度撃つと再装填に時間がかかる。タイミングを間違えれば、致命的な失敗になるので撃てない。
「合図で撃て。4……、3……」
 機会はもうじき。もうすぐ。
「2……、撃て!」
 船夫が火縄を火口へ押し込んだ。
 轟音。そして濃霧のような白煙が一瞬で立ち込める。
 甲板を揺らして、斜め上に向かって撃ち上げられた砲弾は、ゆっくりと飛び上がった。
 そして瞬き1回半の時間を使い、砲弾は2隻の敵船の間に着弾して破裂する。
 風に対して斜めに進むこの船と、向い風で進む敵船ではこちらの弾道の方が伸びる。それにこちらは素人ながら弾道を計算して曲射しているから飛距離も伸びる。
 この世界の風車は縦型風車が最もありふれている。縦型風車の利点は風に対してどの方向からでも風車を回す事ができる事。故に船を走らせる際に風向きを意識する事はあまりない。向い風なら船速が遅くなるし、追い風なら早くなる、程度だ。
「すごい! どうしてこの距離で!?」
 驚くドルテに私はしたり顔で言いのけた。
「お教えしても良いですが、別料金ですよ」
「傭兵殿は、商売も上手い……」
 ぐぬと呻きながらも、彼は今の出来事を頭に焼き付けている事だろう。
「生きてこれを脱したら、格安でお教えしましょう」
「……ああ」
 ここで初めてドルテが笑った。
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