第2話

文字数 1,426文字

 しかしこの状況でも上からは業績を上げろと急きつかれる。同じ口で新人の面倒を見るのは先輩(つまり私)の責任だろというのだからもはやお手上げだ。
 スーツは営業マンの良し悪しを測る定規、という入社してすぐに言われた言葉を真に受けていた私は、すぐさま服を脱ぎ去りハンガーにかけて消臭スプレーを噴霧した。
 その流れで着ていた服を脱ぎ去り、下着を外した。背中のホックを外すと、重力に抗っていた胸がずんと落ちて、束縛が解けたようなちょっとした解放感が得られるが、そのすぐ後に脇の痕がかゆくなる。
 下着類はネットに入れて漬け置きしなければと思う反面、面倒くささが勝ってしまい、まとめて洗濯機に放り込む。後悔は明日以降にしよう。
 あとは布団に飛び込んでしまいたい衝動があるが、そこはもう少しだけ堪えてウエットティッシュタイプの化粧落としで顔を拭い去る。本当は取り切れないからよくないらしいが、今はとにかく面倒だからそんな事は気にしてられない。それとボディペーパーで簡単に体を拭った。季節柄まだシャワーに毎日入らないでもなんとかなると信じている。大丈夫昨日はちゃんとシャワーを浴びた。こんな言い訳を自分にする時点で、もはや女子力というやつは消滅確定だ。
 それから朝脱ぎっぱなしにしてしまったスウェットを着込んで布団に潜り込んだ。
 暖房をつけないと芯から冷える2月の寒さだが、電気代ケチるためにも布団をしっかりと体巻き付けて耐える。光熱費は何としても2000円以内(基本料金込み)に収めたい。収めないとならない。
 部屋の壁に張りっぱなしになっている4年前に流行ったゲームのポスターのキャラと目が合って、初めて部屋の照明を消していない事に気が付いた。
 そういえば、先ほど電車の中で見た夢の美少女は、このゲームのメインヒロインに似ていた気がする。まだ学生だったこともあり、このゲームはやり込んだ。キャラグッズだけじゃ飽き足らず、同人誌にまで手出ししていた。半公式で百合認定されていたから、同人もその手の物が多くて非常に助かったものだ。ロリババアとイケメン女子のカップリングという自分の知らなかった自分のストライクポイントを知ってしまった切っ掛けだ。
 そんな取り留めのない考えがしながらも、私の身体は自動的にスマートフォンを手にとり画面を見た。メッセージアプリとメールにはごまんと通知が溜まっていた。それを片っ端から片付け、さていよいよ自分の好きな事をしようと、動画共有アプリを開くと、急に胸が締め付けられるような激痛に見舞われる。
「さいきん、おおい、な……ッ!?
 胸が絞めつけられて口から心臓がこぼれ出そうになる痛み。私は無意識に胸をかき寄せ身を丸めて痛みが引くまでの数秒間を耐える。
 おそらく不整脈の発作だと思うのだが、ここひと月は頻発している。いつもはしばらくすれば数秒で収まり、若干の倦怠感を残して元通りになる。だから問題ないだろうと思っていた。思っていたのだが、発作はいつまで経っても収まらず、いよいよまずいと思い助けを呼ぼうとした時には、すでに手遅れだった。
 震える手は力が入らず、持っていたはずのスマートフォンは床に落ちていた。身をよじった拍子に落ちたのだろう。
 体が、動かない。
 その後は急激に眠くなり、視界は暗転した。
 あ、これ、死んだ。
 走馬燈だとか、後悔とか、なにもなかった。ただ眠るように、泥の中に沈む様に意識が落ちて行く。死とは、存外呆気ないものだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み