第17話

文字数 2,176文字

 さて、次の手だ。
 おそらくこれで相手は、こちらを警戒するはずだ。なにせ最大飛距離を超えて砲弾を送り込んでくるのだ。魔女の呪いを疑わずにはいられないだろう。これで少しでも足並みが鈍ってくれたら御の字だ。
「進路そのまま! 全力で走れ!」
 私は艦橋に向かって叫んだ。
 戦いは始まったばかりだ。
 それからすぐに敵は戦術を変えてきた。
 今までは四方に船を配置して囲い込み挟撃する戦術だったが、敵は前後に船を集結させ挟み込むつもりらしい。それぞれの船は、こちらに向けてまっすぐ迫る進路を取っていたのを変更し、進路を真横に変えた。
 こちらの前方で待ち伏せし、側舷をこちらに向け始める。船は構造的に側舷が最も長い。船同士の戦闘では、大砲の数が勝敗を決める。その為側舷にありったけの大砲を並べるのだ。それの最たる例が戦列艦だ。横一列に並べた大砲。その列を階層構造で上下に積み重ねたものだ。私の知る限りこの世界で最も大砲の数多い、つまりは強力な船は連合王国の第3艦隊旗艦『暁の女王・ヴィクトリア二世』である。船体の巨大さもさることながら、近距離から長距離まで対応できるように複数種類の大砲を備え、巨船に見合う大量の大砲を備えた戦列艦だ。
 そして今回の相手も、そんな巨大怪物船とは違うが軽戦列艦である。二層構造の戦列をもち片側だけでも20門の大砲を装備している。まともに殴り合えば、いくら大型のカーゴシップと言えどもひとたまりもない。
 ここからが勝負だ。恐るべきは前方の3隻。後追う4隻は、追いついて来るまでにまだ時間があるから今は保留。
 さて、どうする。
「まあ、2体1体で首揃えてるなら、あたしなら直前に面舵一杯だね」
 突然背後からの声。久しぶりに聞いた。
 振り向くと旅娘が酒瓶片手にけたけた笑っている。この切羽詰まった事態に良いご身分だ。
「船は後ろ向きに走れない。ひとつはすぐに追いつこうとするだろうけど、味方の船が邪魔で撃てやしない」
 にやにや笑う彼女に呆れながら、私はハッとなる。
 そうだ。それだ。
 南南東の2隻はそろって北を向いている。北東の1隻は南を向いている。つまり敵の砲撃が始まる直前でこちらが思いっきり右に進路を変えれば2隻は追撃しようにもまず反転しなければいけない。北東の1隻は進路そのままだが、味方の船を撃つわけにいかないので、僚船が安全域まで移動するまでは撃てない。
「獣油を船倉から出してきて! 服でも何でもいいから浸して火矢の準備!」
「そんなの用意しても距離が!」
「速度そのまま。合図で面舵一杯!」
「敵に突っ込みますよ!?」
「傭兵殿!?」
「安心してください。何とかして見せます」
「……アイアイ!」
 船夫の了承。ドルテはまだ言いたそうだが、ここで何か言う事は無意味である事をわからない男じゃない。
「舵きりの瞬間、同時斉射。どちらも左舷へ!」
 船夫たちは砲を固定するロープを外して移動させると、また手早く固定する。
「おまえ……」
「ん?」
「なんでもない」
 旅人である以上、修羅場も多く潜ってきたからだろう。こんな状況も慣れているのかもしれない。酒瓶を煽る旅娘はいったん放置して、私は機会を謀る。
 敵船は確実に近づき、先ほどまで格納されていた砲門がすべて開いて大砲の口がのぞいている。数えてみたらやはり片側だけで20門ある。あれに斉射されればまず助からないな。
 こちらの船の上は緊張感が高まり、誰も言葉を発しない。
 私はじっとこらえて舵を切るタイミングを計る。
 ピッタリでは手遅れだ。舵を切った瞬間に進路を変えられるほど、この船は俊敏じゃない。しかし余裕をもって動くと悟られる。ギリギリのギリギリを狙わないとならない。
 一秒が長い。喉が干上がり、粘膜が張り付くような気がする。
 風を受けて回る風車の音。
 風力を伝達されて動く足が、黄色い大地を蹴り進む音。
 刻々と迫るその時。
 視界の端でにやにや笑う旅娘の顔が、私の神経を逆なでる。
 そして、来た。
「面舵いっぱぁあああい!」
「面舵いっぱぁあああああいッ!」
 私の叫びと、それに応答する艦橋から怒号。そして船が傾く。かなり無茶な機動だ。船体のあちらこちらから軋みを声が上がる。
 その瞬間、目前の敵船が一斉に砲を放った。
 津波のように押せ寄せる、炎に包まれた砲弾の壁。
 私は間違えていなかった。
 正確に照準された三隻から放たれた砲弾は、正確に直進していた場合にいた場所に飛来した。
「取舵切って! 前進! 敵右翼船の背後を通過! 火矢を準備して!」
 矢継ぎ早な私の指示だったが、それでも船夫たちは迅速に対応した。
 そして私たちの船は狙い通り敵船の背後を通過する。
「火矢撃て! 大砲は敵の右足を狙ってできたら即撃って!」
 石弓が次々と火矢を敵船の背面に撃ち込む。乾燥しきったこの世界で火は大敵だ。
 さらに驚くことに、この船の乗組員は機転も利くようだ。火炎瓶を作っていたらしい何人かがそれを敵船へ投げ込んでいた。獣油はよく燃えるし消えにくい。粘性も強いからこびり付くとそうそう落ちない。故に火炎瓶は対船武器として非常に有効だ。
 両の臼砲も用意ができたらしい。轟音と共に吐き出された重く大きな砲弾は、敵船の右後ろ脚に命中し、火炎をまき散らせた。
「これは、僥倖!」
 艦橋側の放った砲弾が、後ろ脚の固定軸に直撃したらしい。
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