赤い石鹸
文字数 3,205文字
「見て青木さん。 私の肌、綺麗だと思わない?」
唐突に職場の同僚の金沢さんから質問された。
「は、はい。 そうですね……」
金沢さんはこの工場で30年も勤務しているベテランのパートさんだ。
ある意味パートの中ではお局様のような存在で、私のように去年から勤務している存在が逆らえるような相手ではない。
実際さっきの質問も金沢さんの肌が綺麗になったとは思わなかった。
20代前半で自分でも美人だと思っている私からすれば、金沢さんの努力が滑稽に思えた。
しかし、ここで機嫌を損ねてしまっては今後の勤務に支障がでると思いとっさに返答した感じだった。
「あら、やっぱりわかるー?」
いや、実際は何もわかっていません。
肌も年相応な感じだと思います。
本音ではそう思っているが、さすがにそんな事は言えない。
「わかりますよー。 すごく肌が綺麗ですもん」
その言葉を聞いて、金沢さんはご満悦な顔をしている。
本当の私はそんな事は全く思っていないのに。
「私、最近ね、石鹸を変えたのよー。 そうしたらテレビショッピングで言ったとおりにお肌がピチピチよー」
やっぱり、この歳になるとテレビの情報がメインになるのか……。
たぶん水素水が入っているとか、マイナスイオンの効果があるとか、怪しげなセールスポイントを鵜呑みにしているんだろうな。
「凄い石鹸ですね。 そんな石鹸を見つけるなんて、さすが金沢さん見る目がありますよー」
また心にも無いことを私はペラペラと。
どうせ肌が綺麗になったと思っているという思い込みだと思いますよ。
たぶん値段も高くて、自分でそう思わないと損をした気持ちになってしまうんじゃないかな。
プラシーボ効果で実際に少しは肌が綺麗になれば救いはあるけど。
「青木さん、あなたにも1つあげるわよ。 これを使えばあなたもお肌がピチピチになるわよー」
いや、私はそんな良くわからない石鹸は使いたくないです。
「ほら、遠慮をしないで」
そう言って、強引に手渡れたのは赤い固形石鹸だった。
「あ、赤いんですね。 この石鹸……」
「そうなのよ。 見た目はちょっと変わっているけど、効果は抜群よ! 確か何とかっていう成分が入って赤くなっているみたいなの。 いやね、歳を取ると何の成分だったか忘れてしまったわ」
その成分の所が重要なんじゃないですか!?
しかもこの赤い石鹸が暖色系の色だったら赤でもあまり気にはならないけど、この赤はやたらとくすんでいて嫌な赤い色をしている。
「あ、ありがとうございます。 今晩にも使ってみますね」
* * * * * * *
―――仕事を終えて家に着いた。
バックを開けると金沢さんから貰った赤い石鹸が凄く自己主張をしている。
捨てようと思ったが、金沢さんに使った感想を聞かれたら困るので一回くらいは使ってみようと思った。
浴室に入りシャワーを浴びて、早速赤い石鹸を使ってみる。
赤い石鹸を擦り泡立てると薄いピンクのきめの細かい泡になった。
何か本当に肌に良さそうな気がしてきた。
まんざら金沢さんの言葉も嘘ではないのかも。
私は少しウキウキした気持ちで、赤い石鹸の泡で体を洗い始めた。
体の隅々まで洗っていると不思議な事に気付いた。
最初は薄いピンク色だった泡が、今は少し赤みを増している。
「痛いっ!」
ちょうど腕を洗っていた場所に痛みが走った。
その痛みはまるでカミソリで切られたような痛み。
私はあまりの痛みに浴室の中に座り込んでしまった。
すると浴室のマットとお尻が触れた瞬間、さっきと同じカミソリで切られた痛みがお尻に襲いかかった。
「キャーーーッ」
耐えることのできない痛みに私は倒れる。
すると今度はマットに触れた体の肌の部分全てがカミソリで切り刻まれるような痛みだった。
痛みでもがき何かに触れる度、切り刻まれる痛みが走る。
そしていつの間にかピンクだった泡は真っ赤な泡に変わっていた。
この赤い石鹸の泡に原因があると思い、シャワーを浴びて泡を流そうと思ったが体中から切り刻まれる痛みでシャワーに手を伸ばす事もできない。
私は必死な思いで助けを呼んだ。
「た、助けてー! 誰か助けてー!!」
自分では大きな声で叫んでいるつもりだが、痛みのせいで大きな声が出せない。
このままでは私はこの赤い石鹸の泡に切り刻まれて殺される。
そう思った瞬間、ガッチャっと家の玄関のドアが開く音がした。
鍵を締めたはずなのに、どうして簡単に家の中に入って来たのだろうと思ったが、今はそれより助けに来てくれた事に喜んだ。
家に入って来た人物の足音が浴室の方へ近づいてくる。
そして浴室のドアが開いた。
そこに立っていたのは金沢さんだった。
* * * * * * *
「あらまぁ~、青木さん。 そんなに赤く染まって、さぞかし痛いでしょー」
なぜ金沢さんが助けに来てくれたのかはわからないが、私は助かったと思った。
「か、金沢……さん、シャ、シャワーで……泡を流して……」
私は必死に金沢さんに懇願した。
すると金沢さんは不敵な笑みを浮かべ、私を見下すように見つめる。
「あなたねー。 心の中で散々私の事をバカにしていたでしょう。 私はね、人に見下されるのが何より不愉快なの、わかる?」
ど、どういうことなの?
金沢さんは私の心の中がわかるの?
「あなた、どうして私があなたの心の中がわかるのかという事に驚いているわね。 そんなのは簡単なのよ。 このテレビショッピングで買った、補聴器を付けると私をバカにする他人の声が聞こえるのよ」
そ、そんな補聴器などあるはずがない、ましてそんな補聴器をテレビショッピングで売っているなんて信じられない。
「信じられないって感じね。 でも、本当のことなのよー。 あなた、666チャンネルってご存知?」
そんなチャンネルなんて聞いたことがない。
いや、そんなチャンネルなんて存在するはずがない。
「あなた信じていないわね。 本当にあるのよ。 私が死にそうなくらい憎しみでもがき苦しむと、テレビのチャンネルが666になるのよ」
金沢さんは何を言っているの?
そんなバカげた事を言わないで早くシャワーで泡を流して……。
「そしてテレビショッピングが映るのよ。 司会やタレントはみんな悪魔なの。 信じられる?」
悪魔なんて信じられる訳ないでしょ。
このオバサンはイカれてる。
「そして悪魔達が商品を勧めてくるの。 とても魅力的な商品をね。 この補聴器もそのテレビショッピングで買ったのよ。 それにあなたの家にも簡単に入れる万能な鍵も買ったわ」
そ、そんな嘘はどうてもいい……早く、泡を流して……。
「でもね。 その商品の値段が高いのよ……。 高いというか、払うのが難しいのよね。 なにせ値段が人間の命なのだもの。 だからね、私はあなたの命で支払おうと思うのよ」
私の命で支払う……何を訳のわからない事を言ってるの!?
「あなたね、自分の若さと美しさを自慢して嫌だったのよ。 しかも、心の中では私を散々バカにして、だから赤い石鹸をあなたにプレゼントしたの」
な、何? まさか今までの話は全て本当だというの……このままでは私は殺されるの!?
そ、そんなのは嫌!!
「ご……ごめん……なさい……。 た、たすけ……て……」
私は声が出せないくらい痛みで苦しかったが、必死で声を出し謝罪した。
「ごめんなさいね。 もう、遅いのよ。 あなたの薄汚れた心も体も、その赤い石鹸の泡が綺麗に洗って、最終的にはあなたはなくなるのよ。 汚いモノは綺麗にしないとね」
金沢さんがそう言い終えると赤い石鹸の泡が私の覆い尽くした。
そして体中からカミソリでなくナイフで体をえぐり取られるような痛みに襲われた。
「キャーーーーーーッ」
私の体が切り刻まれ小さくなっていく。
体は細切れになり、細胞の全ては切り刻まれ、そして私は消滅してしまった。
「はー、スッキリしたわ。 次は誰を殺そうかしら。 商品をたくさん買ったから、たくさん人を殺さないとね」
そういって金沢さんは私の部屋を後にした。
唐突に職場の同僚の金沢さんから質問された。
「は、はい。 そうですね……」
金沢さんはこの工場で30年も勤務しているベテランのパートさんだ。
ある意味パートの中ではお局様のような存在で、私のように去年から勤務している存在が逆らえるような相手ではない。
実際さっきの質問も金沢さんの肌が綺麗になったとは思わなかった。
20代前半で自分でも美人だと思っている私からすれば、金沢さんの努力が滑稽に思えた。
しかし、ここで機嫌を損ねてしまっては今後の勤務に支障がでると思いとっさに返答した感じだった。
「あら、やっぱりわかるー?」
いや、実際は何もわかっていません。
肌も年相応な感じだと思います。
本音ではそう思っているが、さすがにそんな事は言えない。
「わかりますよー。 すごく肌が綺麗ですもん」
その言葉を聞いて、金沢さんはご満悦な顔をしている。
本当の私はそんな事は全く思っていないのに。
「私、最近ね、石鹸を変えたのよー。 そうしたらテレビショッピングで言ったとおりにお肌がピチピチよー」
やっぱり、この歳になるとテレビの情報がメインになるのか……。
たぶん水素水が入っているとか、マイナスイオンの効果があるとか、怪しげなセールスポイントを鵜呑みにしているんだろうな。
「凄い石鹸ですね。 そんな石鹸を見つけるなんて、さすが金沢さん見る目がありますよー」
また心にも無いことを私はペラペラと。
どうせ肌が綺麗になったと思っているという思い込みだと思いますよ。
たぶん値段も高くて、自分でそう思わないと損をした気持ちになってしまうんじゃないかな。
プラシーボ効果で実際に少しは肌が綺麗になれば救いはあるけど。
「青木さん、あなたにも1つあげるわよ。 これを使えばあなたもお肌がピチピチになるわよー」
いや、私はそんな良くわからない石鹸は使いたくないです。
「ほら、遠慮をしないで」
そう言って、強引に手渡れたのは赤い固形石鹸だった。
「あ、赤いんですね。 この石鹸……」
「そうなのよ。 見た目はちょっと変わっているけど、効果は抜群よ! 確か何とかっていう成分が入って赤くなっているみたいなの。 いやね、歳を取ると何の成分だったか忘れてしまったわ」
その成分の所が重要なんじゃないですか!?
しかもこの赤い石鹸が暖色系の色だったら赤でもあまり気にはならないけど、この赤はやたらとくすんでいて嫌な赤い色をしている。
「あ、ありがとうございます。 今晩にも使ってみますね」
* * * * * * *
―――仕事を終えて家に着いた。
バックを開けると金沢さんから貰った赤い石鹸が凄く自己主張をしている。
捨てようと思ったが、金沢さんに使った感想を聞かれたら困るので一回くらいは使ってみようと思った。
浴室に入りシャワーを浴びて、早速赤い石鹸を使ってみる。
赤い石鹸を擦り泡立てると薄いピンクのきめの細かい泡になった。
何か本当に肌に良さそうな気がしてきた。
まんざら金沢さんの言葉も嘘ではないのかも。
私は少しウキウキした気持ちで、赤い石鹸の泡で体を洗い始めた。
体の隅々まで洗っていると不思議な事に気付いた。
最初は薄いピンク色だった泡が、今は少し赤みを増している。
「痛いっ!」
ちょうど腕を洗っていた場所に痛みが走った。
その痛みはまるでカミソリで切られたような痛み。
私はあまりの痛みに浴室の中に座り込んでしまった。
すると浴室のマットとお尻が触れた瞬間、さっきと同じカミソリで切られた痛みがお尻に襲いかかった。
「キャーーーッ」
耐えることのできない痛みに私は倒れる。
すると今度はマットに触れた体の肌の部分全てがカミソリで切り刻まれるような痛みだった。
痛みでもがき何かに触れる度、切り刻まれる痛みが走る。
そしていつの間にかピンクだった泡は真っ赤な泡に変わっていた。
この赤い石鹸の泡に原因があると思い、シャワーを浴びて泡を流そうと思ったが体中から切り刻まれる痛みでシャワーに手を伸ばす事もできない。
私は必死な思いで助けを呼んだ。
「た、助けてー! 誰か助けてー!!」
自分では大きな声で叫んでいるつもりだが、痛みのせいで大きな声が出せない。
このままでは私はこの赤い石鹸の泡に切り刻まれて殺される。
そう思った瞬間、ガッチャっと家の玄関のドアが開く音がした。
鍵を締めたはずなのに、どうして簡単に家の中に入って来たのだろうと思ったが、今はそれより助けに来てくれた事に喜んだ。
家に入って来た人物の足音が浴室の方へ近づいてくる。
そして浴室のドアが開いた。
そこに立っていたのは金沢さんだった。
* * * * * * *
「あらまぁ~、青木さん。 そんなに赤く染まって、さぞかし痛いでしょー」
なぜ金沢さんが助けに来てくれたのかはわからないが、私は助かったと思った。
「か、金沢……さん、シャ、シャワーで……泡を流して……」
私は必死に金沢さんに懇願した。
すると金沢さんは不敵な笑みを浮かべ、私を見下すように見つめる。
「あなたねー。 心の中で散々私の事をバカにしていたでしょう。 私はね、人に見下されるのが何より不愉快なの、わかる?」
ど、どういうことなの?
金沢さんは私の心の中がわかるの?
「あなた、どうして私があなたの心の中がわかるのかという事に驚いているわね。 そんなのは簡単なのよ。 このテレビショッピングで買った、補聴器を付けると私をバカにする他人の声が聞こえるのよ」
そ、そんな補聴器などあるはずがない、ましてそんな補聴器をテレビショッピングで売っているなんて信じられない。
「信じられないって感じね。 でも、本当のことなのよー。 あなた、666チャンネルってご存知?」
そんなチャンネルなんて聞いたことがない。
いや、そんなチャンネルなんて存在するはずがない。
「あなた信じていないわね。 本当にあるのよ。 私が死にそうなくらい憎しみでもがき苦しむと、テレビのチャンネルが666になるのよ」
金沢さんは何を言っているの?
そんなバカげた事を言わないで早くシャワーで泡を流して……。
「そしてテレビショッピングが映るのよ。 司会やタレントはみんな悪魔なの。 信じられる?」
悪魔なんて信じられる訳ないでしょ。
このオバサンはイカれてる。
「そして悪魔達が商品を勧めてくるの。 とても魅力的な商品をね。 この補聴器もそのテレビショッピングで買ったのよ。 それにあなたの家にも簡単に入れる万能な鍵も買ったわ」
そ、そんな嘘はどうてもいい……早く、泡を流して……。
「でもね。 その商品の値段が高いのよ……。 高いというか、払うのが難しいのよね。 なにせ値段が人間の命なのだもの。 だからね、私はあなたの命で支払おうと思うのよ」
私の命で支払う……何を訳のわからない事を言ってるの!?
「あなたね、自分の若さと美しさを自慢して嫌だったのよ。 しかも、心の中では私を散々バカにして、だから赤い石鹸をあなたにプレゼントしたの」
な、何? まさか今までの話は全て本当だというの……このままでは私は殺されるの!?
そ、そんなのは嫌!!
「ご……ごめん……なさい……。 た、たすけ……て……」
私は声が出せないくらい痛みで苦しかったが、必死で声を出し謝罪した。
「ごめんなさいね。 もう、遅いのよ。 あなたの薄汚れた心も体も、その赤い石鹸の泡が綺麗に洗って、最終的にはあなたはなくなるのよ。 汚いモノは綺麗にしないとね」
金沢さんがそう言い終えると赤い石鹸の泡が私の覆い尽くした。
そして体中からカミソリでなくナイフで体をえぐり取られるような痛みに襲われた。
「キャーーーーーーッ」
私の体が切り刻まれ小さくなっていく。
体は細切れになり、細胞の全ては切り刻まれ、そして私は消滅してしまった。
「はー、スッキリしたわ。 次は誰を殺そうかしら。 商品をたくさん買ったから、たくさん人を殺さないとね」
そういって金沢さんは私の部屋を後にした。