2. その一年前
文字数 1,676文字
「今度の連休、どうします?」
達也が、そう聞いてきた。なにを言いたいのか、ボクには分かっていた。
「ねえ、キャンプしましょうょ」
「おぅ、いいね。やろうぜ。場所は長野・山梨辺りがいいかな」
「いいっすねぇ。山なら、まだ桜咲いているし。もう一回、花見しましょうょ」
今からちょうど一年前、ボクは名古屋事務所に勤務していた。達也は東京の本社にいる。その中間地点のキャンプ地をボクはイメージしていた。
そして四月末の連休初日を迎える。途中で落ち合い、ボク達は本州のほぼ真ん中辺りを目指していた。
あらかじめキャンプ地近くの町のスーパーで、食材を仕入れる。メインとなるのは、やはり肉。そして酒も。
ふと横を見ると、生サンマが特売されていた。「本日のオススメ」と手書きされた貼紙に、少し違和感を抱く。
「ねぇこれ……買おうか」
正直、ボクも迷っていた。でも……渓流で焼く魚がサンマって、ヘンじゃね? しかも旬じゃないし……
そんなこんなでボク達は、ある川の源流付近に到着した。源流といっても、河原を含めた川幅はかなり広く開けた場所だ。カラカラに乾いた流木が、あちらこちらに点在していた。
なるべく川の流れに近い所を選び、車を入れる。初めて来た場所なのに、何かに引き寄せられた、と感じた。そうすることが宿命であったかのように、順調に物事が進んでいった。
河原のあちらこちらをウロつき、太めの枯れ枝を集めた。それを適当に積み上げる。すると何か、カモフラージュした秘密基地のようなものが完成した。
枯れ枝の下に隙間を作り、茶色く枯れた杉葉の塊を突っ込む。そしてタバコに火を着けるついでに、突っ込んだ枯葉に点火した。
パチパチと渇いた音を立てながら、枯葉が勢いよく燃え出した。線香のような、何か懐かしい匂いが辺りに漂う。
それはノンビリとした休日の午後の空気を、更に心地よいものとしてくれていた。
薪 が、いい感じに燃えている。ボク達はその揺らめく焔 を、無言で見つめていた。温もりがジンワリ伝わってくる。
「永遠に見ていられるね」
「酒、欲しくなる……」
まったりした、この空気感。何かから解放されたような気分だった。心の底から癒やされているのが分かる。
「酒より彼女が欲しいわ」
「じゃ俺、彼女役やります…… 先輩、抱いてください」
「……アホか」
他愛もない会話が楽しかった。ほんの少しだけど一瞬、達也の言葉にグラリとする。
──本当に抱いちゃおうか……
ボクは言葉攻めに弱かった。
まるでボーイスカウトのキャンプファイアーのような、盛大な焚火で盛り上がる。心はもう少年そのものであった。
真っ赤な炭のような熾火 。その上で手羽先を焼いていた。
鶏皮の脂がプツプツと滲み出し、ジュゥという音をたてながら滴り落ちる。勢いよく煙を出し、食欲を刺激する香り。肉の表面が、ほどよいキツネ色に焼けてきた。
塩・コショウだけで肉にカブリつく。旨みたっぷりの熱い肉汁が、口の中にほとばしった。
腹が満たされてくると、他にやることは特にない。焚火の前で横になり、酒を呑み、ただただ満天の星空を見上げていた。ボク達は天体にはそう詳しい訳ではない。だが特徴的な北斗七星だけは分かった。
それにしても星座というものを、無数の星の中から描き出した古代の人たち。その想像力には、敬服するばかりだ。
ボク達は相変わらず焚火を眺めていた。ゆらゆらと立上る炎。いいものだ。
ただ見ているだけで心が暖まり、酒が飲める。
「薪 は三度、人を暖めるっていう話、知ってる?」
達也がポツリと言った。
一度目は薪集め、薪割りで。二度目は焚火本来の炎で。三度目は焚火で作った料理で……
我々は焚き火を見つめながら、黙々と酒を呑んでいた。特にこれといった会話も無く。ただそこには「いい時間」が横たわっているだけだった。そしていつしか、ウトウトと睡魔に襲われていく。
今日、昼間に見た見事な桜を、遠のく意識のなかでボクは思い出していた。
まさかそれが、ボクたち二人揃って見た最後の桜だった…… そんなことになってしまうとは想像すらせずに。
達也が、そう聞いてきた。なにを言いたいのか、ボクには分かっていた。
「ねえ、キャンプしましょうょ」
「おぅ、いいね。やろうぜ。場所は長野・山梨辺りがいいかな」
「いいっすねぇ。山なら、まだ桜咲いているし。もう一回、花見しましょうょ」
今からちょうど一年前、ボクは名古屋事務所に勤務していた。達也は東京の本社にいる。その中間地点のキャンプ地をボクはイメージしていた。
そして四月末の連休初日を迎える。途中で落ち合い、ボク達は本州のほぼ真ん中辺りを目指していた。
あらかじめキャンプ地近くの町のスーパーで、食材を仕入れる。メインとなるのは、やはり肉。そして酒も。
ふと横を見ると、生サンマが特売されていた。「本日のオススメ」と手書きされた貼紙に、少し違和感を抱く。
「ねぇこれ……買おうか」
正直、ボクも迷っていた。でも……渓流で焼く魚がサンマって、ヘンじゃね? しかも旬じゃないし……
そんなこんなでボク達は、ある川の源流付近に到着した。源流といっても、河原を含めた川幅はかなり広く開けた場所だ。カラカラに乾いた流木が、あちらこちらに点在していた。
なるべく川の流れに近い所を選び、車を入れる。初めて来た場所なのに、何かに引き寄せられた、と感じた。そうすることが宿命であったかのように、順調に物事が進んでいった。
河原のあちらこちらをウロつき、太めの枯れ枝を集めた。それを適当に積み上げる。すると何か、カモフラージュした秘密基地のようなものが完成した。
枯れ枝の下に隙間を作り、茶色く枯れた杉葉の塊を突っ込む。そしてタバコに火を着けるついでに、突っ込んだ枯葉に点火した。
パチパチと渇いた音を立てながら、枯葉が勢いよく燃え出した。線香のような、何か懐かしい匂いが辺りに漂う。
それはノンビリとした休日の午後の空気を、更に心地よいものとしてくれていた。
「永遠に見ていられるね」
「酒、欲しくなる……」
まったりした、この空気感。何かから解放されたような気分だった。心の底から癒やされているのが分かる。
「酒より彼女が欲しいわ」
「じゃ俺、彼女役やります…… 先輩、抱いてください」
「……アホか」
他愛もない会話が楽しかった。ほんの少しだけど一瞬、達也の言葉にグラリとする。
──本当に抱いちゃおうか……
ボクは言葉攻めに弱かった。
まるでボーイスカウトのキャンプファイアーのような、盛大な焚火で盛り上がる。心はもう少年そのものであった。
真っ赤な炭のような
鶏皮の脂がプツプツと滲み出し、ジュゥという音をたてながら滴り落ちる。勢いよく煙を出し、食欲を刺激する香り。肉の表面が、ほどよいキツネ色に焼けてきた。
塩・コショウだけで肉にカブリつく。旨みたっぷりの熱い肉汁が、口の中にほとばしった。
腹が満たされてくると、他にやることは特にない。焚火の前で横になり、酒を呑み、ただただ満天の星空を見上げていた。ボク達は天体にはそう詳しい訳ではない。だが特徴的な北斗七星だけは分かった。
それにしても星座というものを、無数の星の中から描き出した古代の人たち。その想像力には、敬服するばかりだ。
ボク達は相変わらず焚火を眺めていた。ゆらゆらと立上る炎。いいものだ。
ただ見ているだけで心が暖まり、酒が飲める。
「
達也がポツリと言った。
一度目は薪集め、薪割りで。二度目は焚火本来の炎で。三度目は焚火で作った料理で……
我々は焚き火を見つめながら、黙々と酒を呑んでいた。特にこれといった会話も無く。ただそこには「いい時間」が横たわっているだけだった。そしていつしか、ウトウトと睡魔に襲われていく。
今日、昼間に見た見事な桜を、遠のく意識のなかでボクは思い出していた。
まさかそれが、ボクたち二人揃って見た最後の桜だった…… そんなことになってしまうとは想像すらせずに。