3. 斎場にて

文字数 900文字

 達也の通夜が執り行われる松本市の斎場には、社内の懐かしい面々が揃っていた。あちらこちらで、彼の想い出話などに花を咲かせている。

 達也にはもともと持病の喘息(ぜんそく)があった。その関係かどうかは分からないが、長野県の松本に転勤してから調子を崩し、入院した。
 著しい意識障害がある、風の便りにそう聞いてはいた。だが、まさか……
 話題の中心は、もっぱら達也の死因の真相だった。最終的な死因は多臓器不全だったが、医療ミスという声が聴こえる。

 ボクはこの手の話に、耳を傾ける気になれなかった。真相がなんであろうと、もう達也は帰って来ない。ただただ半端ない喪失感に襲われるばかりであった。

「達也が入院した頃にさぁ、アイツから変な電話が掛かってきたぜ」

「あ、うちにも来た。意味不明なこと話してたよ」

 そのとき達也に、何があったんだろう。そして何を伝えたかったんだろう。
 ただボクのところには、そんな電話は掛かってこなかった。仲間をちょっと嫉妬する。不審電話でもいいから、達也からのメッセージが欲しかった。


 通夜は滞りなく進んで行く。
 達也の遺影が穏やかに微笑んでいたのが、逆に涙を誘った。
 アイツ、こんな(かしこ)そうな顔を見せること、あったんだ。微笑みながら何を考えているんだろう。

「俺、遺影になっちまったゼ。イェーィ!」

 そう言っているような気がした。

 誤解を恐れずに言うと、葬式っていいものだ、って思う。なぜか心が優しく、そして清らかになるからだ。
 ある種の諦めに近い喪失の感情の先には、浄化されたものだけが残る。そういうことなのであろうか。
 いずれにせよ「命って一体、何なのだろう」ということを考える、リアルな機会にはなっている。

 通夜が一通(ひととお)り、終わった。
 ボクの周辺にいる参列者(メンバー)の間には、

「さあ、どうしようか。酒が好きだった達也を偲び、ここは呑みに行くしかないでしょう」

 そういう空気が流れていた。
 一緒に行きたい……だがボクは車で来ていたし、今夜どこかに泊まるつもりもなかった。

 実は、途中の名古屋で高速道路を降り、ひと月ぶりに元妻に会ってみようか、そんなことをあらかじめ考えていた。
 嫌いで別れた訳でもないんだし……

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