【逢瀬】残酷な夢でも。(2)

文字数 1,207文字


「い、い、伊藤君っ!?」

 居間のちゃぶ台を挟んで、母と談笑しながら麦茶を飲んでいるのは、間違いなく伊藤君だった。

 デニム地の半袖シャツに、ブラックのジーンズ。ラフな格好も様になっている。なんて、見とれてる場合じゃないっ!

「これ、何ですか、いい年してドタドタと落ち着きがない!」

 母のお小言なんか、耳に入っちゃ来ない。

「ど、どうしたの伊藤君!? 陽花(はるか)に何かあったとか!?」

 慌てふためいて、シュタッっと母の隣に座り込む私に、彼は心持ち不思議そうに小首を傾げた。

三池(みいけ)? いや別に、何もないんだが……」

 ああ、良かった。

 安堵感で思わず脱力してしまう。

 肩の力がドッと抜けた私は大きく息を吐き出しながら、ちゃぶ台の上に視線を落とした。

 よく考えれば陽花の具合いが悪くなったのだったら、何も伊藤君が直接来なくても電話1本で用は足りるのだ。

 じゃあ、じゃあ、どうして伊藤君は、ここにいるのだろう?

 昨日、病院で伊藤君とは、ほとんど個人的な話はしていない。

 もちろん、会う約束なんてするワケもなく。もしかして知らず知らずのうちに、伊藤君の気に障るようなことでも言ったのだろうか? それで、文句を言いに……。ううん。

 そこまで思考を巡らせて冷や汗が吹き出しそうになった私は、自分の考えを思いっきり否定した。

 伊藤君は、例え私が気に障る事を言ったのだとしても、それに対して文句を言うような、そんな人じゃない。

 じゃあ、なぜ?

『伊藤君が自分を訪ねてくる理由』。

 いくら探しても答えが見つからない私の思考は、忙しなくグルグル巡る。けど。やっぱり納得のいく答えには行き着かず、私は、おずおずと視線を上げて、伊藤君の顔にチラリと視線を走らせた。

 少しだけ伺い見るつもりが、バッチリと視線が捕まり、見事にピキンと体が固まってしまう。

 伊藤君の黒い瞳に、まるで悪戯盛りの少年めいた愉快そうな光が揺れる。

 キュッっと下がる目じりと、微かに上がる口角。形作られる笑顔に、鼓動が早まる。

 やだ、どうしよう、何か話さなきゃ!

 こんな時こそ、お喋り好きの母が話題を振ってくれたら良さそうなモノなのに。肝心のご本人様は、気を利かせたのかなんなのか、『お茶を入れてくるわね』と言って部屋を出ていったまま戻ってこない。

「え、っと、あのっ……」

 私は、どっかんどっかんと暴れ出す心臓をどうにかなだめすかし、自力でこの状況を脱出するべくとにかく口を開いた。が。

「天気もいいことだし、もし予定がないなら、今からどこかに出かけないか?」

 モシ、ヨテイガナイナラ、イマカラ、ドコカニ――デカケル?

 ――は、はいっ!?

 ニッコリと爽やかすぎる笑顔攻撃で半凍結状態の私の脳細胞は、その爆弾発言で、完全に永久凍土と化した。

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