その3 凛花

文字数 789文字

 「綺麗な人だったね!」
 「え?」
 そのとき、俺と凛花は、高校の屋上で昼食をとっていた。階段室のそばで、肩を並べて座っていた。
 屋上では、男女五、六人のグループが、バレーボールで遊んでいた。コントロールを逸した球が、天高く打ち上げられていた。周りは笑いで、満たされていた。
 「さっきの人だよ!」と凛花は怒った口調で言った。
 「もしかして、朝の?」と俺はたずねた。
 「とぼけた振りしてさ」と凛花は口を尖らせた。「見とれてたくせに!」
 「本当に忘れてたんだよ」俺は、パンを頬張り、それをコーヒー牛乳で、胃に押しやった。「たしかに、美人だったな——」
 ただ、どこか彫像的だった。まるで、芸術作品のような——。ちょうど凛花とは真逆のイメージだ。そういう意味では、俺はあの女に対して、まるで関心を惹かれなかった。
 ミロのヴィーナスを見ながら、アレをするやつがいないのと同じだ (探せば、いるかもしれないが……) 。
 「どうせ私は、美人じゃないですよぅだ」と凛花はそっぽを向いた。まだ、むくれている。
 「ミスコンで、毎回、一位、二位を獲るヤツの台詞じゃないな」と俺は言った。「嫌味に取られるから、やめといたほうがいいぞ」長い付き合いだから、そんな意図がないことは、よくわかってはいるのだが……。
 俺は、朝出会ったあの美人をベースにした凛花を、想像してみた。
 そして、その凛花と登下校をしたり、昼食を食べたり、あるいは自宅でいっしょに勉強する俺たちの姿をイメージしてみた。
 「ウゲッ」となった。なんだか酷くくたびれる。美術館で、美術品に囲まれているような気分だった。肩が凝る。性に合わない。
 「どうでもいいけど、口許に米粒ついてるぞ?」俺はコンビニの袋に、パンの袋とコーヒー牛乳の空容器を突っ込みながら指摘した。
 彼女は頬を赤く染めながら、その米粒を細い指先で、摘みとった。ベタなヤツだなぁ。
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