文字数 1,101文字

 与茂七は、村に帰ると、おおにぎわいで迎えられた。家に戻ると、すぐに茂蔵がやってきた。
「ご無事で何よりでした。お白洲で、与茂七にいが、誰に対しても正論を堂々と主張したことは、伝え聞いております。本当に、すごい」
 茂蔵だけでなく、村人はこぞって感激し、激賞した。反面、庄屋に対する処分には、身分制度にどっぷり浸かっているせいか、「あれはしょうがない」との評価だったことは、与茂七である貫一を少し失望させた。それ以上に、暗い気持ちにさせたのは、この昔話には、続きがあること。それが、もうじき始まることであった。
 その年、河川の氾濫は防いだものの、大雨の被害は、甚大であった。特に、次の年に植える種もみが獲れなかった。そういった時は、名主たちが相談して、庄屋から金を借り、翌年の収穫時に返すのが、長年の慣習であった。今回も、庄屋とは気まずい面もあるが、他の名主と相談し、金を借りることにした。
 翌年は、大きな災害はなく、豊作となり、秋には、耳をそろえて返せるだけの金をなんとか用意することができた。秋の村祭りの三日ほど前に、与茂七と茂蔵が代表で、庄屋宅に金を返しに行くことになっていた。ところが、出かける直前になって、祭りの準備で与茂七の村でけが人が出た。与茂七は、これが運命の始まりだと思った。
「茂蔵、おぬしと庄屋へ金を返しに行くところであったが、どうしても、けが人に付き添わねばならん。庄屋のところに行くのを日延べしてくれないか」
「与茂七にい、心配には及ばねえ。この金を持っていくだけのこと」
「それがそう簡単なことではないんだ」
「今日返すのは、前々からの約束で、一日でも遅れたらあの庄屋が何を言うか分からん。与茂七にいは、けが人に付き添っていてくれ」
「それは、わかっているが……」
 与茂七は運命の歯車が廻っていくのを感じた。しかし、吹っ切れたように、
「庄屋に金を返すのはいいが、必ず証文を返してもらってくるんだぞ。そこまでが仕事じゃ。必ずだぞ。頼むぞ」
と、何度も念を押し、送り出した。
 しかし、与茂七の心配が現実になってしまった。
 与茂七が、東奔西走し、丸一日かけて、けが人を城下の名医に診てもらえるように手配し、ようやく安堵して帰宅したところに茂蔵の弟が駆け込んできた。茂蔵はじめ大勢で、血相を変えて、庄屋の家に談判に出かけたという。慌てて、庄屋の家に向かった与茂七の目に飛び込んできたのは、五十人あまりの人間が庄屋の家の前で大騒ぎをしている様子であった。
「茂蔵、お前たち何をしておるんじゃ」
 先頭にいる茂蔵に大声で声をかけた。
「与茂七にい。与茂七にい……」
 茂蔵は、号泣しながら、与茂七に抱きついた。
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