警察、道具、悪者

文字数 735文字

ガリガリに痩せた猫背の男がいた。おちくぼんだ目は焦点が定まっていない。その男がおにぎりを1つ盗んだ。

男を捕らえた警察は
「どうしてこんなことをしたんだ?」
と聞いた。
「お腹が空いたからです」
男が弱々しく答えた。
張りのない肌からも男の言葉がでまかせでないことがうかがえる。
「生活に困窮しての犯行ってことだな」
警察は手にしたバインダーに何事か書き込み「じゃ、帰っていいぞ」
と言った。
家がないのだと消え入りそうな声の男を
「そういうのは管轄が違いますから」
その一言で締め出した。

「お前、ちょっと」
様子を伺っていた悪者が男に声をかけた。
「ある道具を作るバイトをしないか?」
「家がないんです」
「作業場で寝泊まりすればいい」
「盗まなくても食えるようになるぞ」
男は1も2もなくついていった。

男はある物の部品を作るように命じられた。
完成品が人の命を奪うものであることは知らされなかった。
与えられた仕事を必死で覚えた。
半年がたつ頃には、そのチームで1番早く正確に作業ができるようになった。

何年かして男は警察に捕まった。
やはり、おちくぼんだ目をしていたが目には力があった。猫背ではあるがほどよく筋肉のついた体をしている。

警察は数年前の事件データをチラリと見た。
「前より罪が重くなっているじゃないか」
「生きるためです」
「もっと、他の方法があっただろう。よりにもよって、悪者の手を取るなんて考えなしにもほどがある」
ため息をついた警察は手元のバインダーに「生活に困窮しての犯行」と書き込んだ。
「伸ばされた手は1つだった」
男が呟いた言葉を聞かずに警察は部屋の外へと出ていった。

警察と男と悪者、罪を問われるのはいつだって男だけ。
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