赤いリボン、魔女、箒

文字数 1,002文字

「おはようございます」
花屋の前を通りかかると赤いリボンをつけた女の子が挨拶してくれた。
「おはよう」
女の子に聞こえないように、喉の奥で咳払いをして何でもないことのように挨拶を返す。
女の子は私の挨拶をにこりとして受けると店の前の掃除に戻った。
ザッザッザッ。
竹箒がコンクリでできた地面を往復する。
いつまでも動かない私に
「なにかお求めですか?」
女の子がそう言って再び顔を上げた。
「妻に贈る花束を……ただ、仕事ばかりしてきたせいで、妻の好きな花ひとつ知らないのです。娘達に聞こうにも難しい年頃で、今さらなんと話しかけていいか。
今さら真っ赤なバラを贈るのは違うし……でも花と言えばそれぐらいしか知らず」
私は思いきってそう伝える。


「では、ピンクのバーベナはいかがですか?花言葉は家族の和合です」
ニッコリと微笑んで返す女の子に
「お嬢ちゃん、よく知ってるねぇ。どんな花か見せてくれるか?」
思わずそう返した。
「ふふふ、もうお嬢ちゃんという歳でもないんですよ?」
嬉しそうに女の子が笑って店の奥に消える。

「最近の子は言葉遣いが大人っぽいなぁ」
私が呟いた言葉に、奥から返事が返ってきた。
「だって、魔法で姿を変えてるんですもの……よしこれだ」
目的のものを見つけて私の前に帰ってきた。
「私、実は魔女なのっていったら信じますか?」
最近の子供向け番組で魔女とかが流行っているのかな?娘が幼い頃なにか棒を振り回して嬉しそうにしていたのを思い出した。
真剣な目をしてるので乗ってやることにする。
「ほう?どんな魔法が使えるのかい?」
「相手がもっとも警戒心を弱める姿に変われます」
にっこりと笑って返事が返ってきた。
「そらまた地味だなぁ。空とか飛べないのかい?」
店先を掃いていた竹箒を指差して聞いてみる。
「残念ながら、使えるのはこれだけなんですよ」
そう言って、黒い小袋を女の子が私に手渡した。丸い文字で、バーベラの種と書いてある。
「どんなお花が咲くのか、図鑑をお見せしようかとも思ったのですが……折角ですから、奥さまと一緒に育てたらどうでしょうか?」

バーベラの種を持って帰った私は店であった女の子の話をした。
「あなたが仕事の愚痴以外を話すのを久しぶりに聞いたわ。折角だから明日その花屋さんに植木鉢を買いにいきましょうか」
妻はそう微笑んで、私の手から種を受け取った。


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