第6話 俺はアメリカだ!

文字数 3,754文字

 
     6


 暫くの間、そのウキウキ状態は続いた。まさに、ベトナム戦争の中で数年間怯えた兵士が本国に帰国したような状態だった。すべての物が素晴らしく見えた。生とはこんなに素晴らしい物だろうか? テントウ虫は赤い宝石に見え、太陽は天国からの光に見えた。水は青く、透き通って、南国の海のようだった。
 だから、暫くは私がおこした殺人をすっかり忘れて、普通の生活に戻る事ができた。普通の生活がこんなに素敵な物だとは! 命の保障が約束されている生活。これがこんなにも素晴らしいものだなんて! 警察の事は全く、頭になかった。ただ、この輝いた生活を楽しんだ。
 とりあえず、今はまだ暴動も続いて危険な状態だ。思慮のない人間は私の代わりに暴れて、死刑になるような罪を犯している。このままこの暴動が続けば、私のやった殺人をその思慮がない人間になすりつける事ができる可能性が高い。その場合は死刑どころか、完全に無罪だ! 懲役刑をくらう事さえない。
 「完全無罪! 完全無罪! 完全無罪!」と私はスキップしながら家の中を歩き回った。
 その声を聞いた、直感の良い父親が「何が無罪だ?」と質問してきた。
 私は一瞬ギクリとなったが、すぐに感情が出た表情を隠した。
「なんでもないよ」
 「何か隠しているだろ?」
 「隠してないよ」
 「お前には何かを隠す事は無理だ。すぐに感情が表情に出る」
 「だから、隠してないよ」
 「嘘をつくな! 何か父さんに言ってみろ」
 「だから、何でも無いって言っているだろ? クソジジイ」と私は少しキレながら話した。
「クソジジイだと! それが親に言う言葉か」
 「うるせえジジイ、クサイんだよ。クセエ、クセエ、クセエ」と言い終る瞬間に父親のパンチが目に飛んできた。そして、世界が真っ暗闇になり、意識が無くなった。
 そして、一時間はスヤスヤと眠っていたと思う。目が覚めるとそこには母親の顔があった。私を心配そうに見つめていた。
 「何かあったのかい?」
 「何でもないよ」
 「心配事があったら、言ってごらん」
 「何でもないよ」
 「もし、心配事があったなら、人に話を聞いてもらうと、気持ちがスッキリするよ。ほら、言ってごらん」
 私は言いたかった。老人を大量に殺害した事を言いたかった。言って、楽になりたかった。もし、私がこの殺人を話しても、家族は隠蔽してくれる事は明らかに知っていた。だから、話したとしても、私に影響が無い事は明らかであるが、疑心暗鬼の塊で家族にですら、本当の事はあまり話さない警戒心の強い私はとうとう話さなかった。
 だから、家族はもう諦めたような様子だった。前科もない基本優等生の私がそのような重犯罪をするとは夢にも思っていないはず。どうせ頭の中で思い描くのは何かしょうもない事で悩んでいるのだろうという偏見しか残っていないはず。普通はそうだ。今まで犯罪をした事がない人間が犯罪をするなんて、誰も夢にも思はない。直感の良い父親ですらそう考えるに違いない。こんな時に私の普段の素行の良さが役に立つとは思わなかった。
 しかし、何で母親に悩んでいるの、何か心配事があるのと聞かれるのだろうか? そんなに私は心配しているように見えるのだろうか? ここまでは警察の気配すら感じない。もしかしたら、私の中には何か人には隠せない不安が無意識にこびりついているかもしれない。今の所は非常に上手くいっている。無思慮な荒くれどもは私の犯罪を見えにくくしているし、万が一、捕まっても、殺意を立証できない。殺意を立証できなければ、私を殺人罪にする事はできない。殺人罪にならなく、例えば傷害致死ならば、私を死刑にする事はできない。なら、私は懲役十年程度ですむ。
 私は今、自分は助かると確信している。死刑は絶対にない。おまけに、懲役刑にもならない確率がほぼ確実と確信しているのになぜ周りからは不安に見えるのだろうか? 気になって仕方がない。だが、確信しながらも、老人虐待のニュースを調べては、自分が安心できる情報をつかみ出し、頭の中に溜めておく。テレビもネットも使用して、情報を集めている。安全を確信しながらも、情報を調べるのである。この矛盾した行為の中には潜在的不安があるかもしれない。
 「もしかしたら、もしかしたら、捕まる」という言葉が心の奥に潜んでいるかもしれない。最近、介護老人施設の男性職員が寝たきりのボケ老人を二階から投げ落として、殺害するという事件がおき、その判決も決まった。殺意が立証されて、殺人罪になった。それより、尖ったスパイクで踏み殺した方がだいぶ軽いじゃないか? どうみても殺人罪にはならないだろう? 否、男だから殺人罪になったかもしれない。前の似たような事件では女性は殺人罪で起訴されていない。
 ここから、考えると私の気持ちはぐらついていた、助かるかもしれんし、助からんかもしれん。時には助かると強く思い込んで、ウキウキした気持ちになるのも、実は助からないかもしれんという気持ちが少しあるからかもしれない。助からんという気持ちが僅かでもあるからこそ、助かるという気持ちが麻薬のように気持ちいいんだ。
 この不安の中を揺れ動くのは生きているここちがする。普段の約束された生ではなく、約束されていない生は苦難の悩みもあるが、生きていて気持ちが良い。特にゲームだとかの模擬世界に熱中できない大人には麻薬だ。普段の私は死んでいた。生きながらにも死んでいたのだ。死んではいるのだが、安全だった。気持ち悪い安全だった。
 今は、強い不安と強い快楽の両方を行ったりきたりしている。強い不安の時は精神科医に相談したくなる。でも、相談できないので発狂しそうになる。その発狂が、ネットやテレビにより安全な証拠が見つけられ、天にも昇るような気持ちになる。この気持ちは例えば、遊園地のジェットコースターのような感覚だ。高い所にいる時は助けて神様と祈り、低い所にいる時は幸福な安心感につつまれる。
先程にも言ったが、もっとも理想なのはこんな所でコソコソと警察に隠れて犯罪をする事ではない。堂々と血が見たいのだ。隠れながらやるというのは快楽につながる部分も多いが気持ち悪い。堂々と殺しあいたいのだ。堂々と人を殺していると宣言したいのだ。後ろめたさのなく、血を求める事、例えば国際法に認められた戦争等は人類最高の快楽かもしれない。法によって人々の脳味噌が土に散乱する。血が吹きでた目玉も土に散乱する。それも誰からも咎められる事はない。職業は何かと聞かれたら、兵士もしくは戦士と答えられる。世間体も悪くない。殺人者と兵士もしくは戦士は明確に違う。人を殺害する職業は古代からある。私もこのような職業につきたい。しかし、殺人者は職業ではない。犯罪者だ。人に隠れてコソコソ悪事をする、決して誰かを殺した事は公言できない。
 「なぜ、私がコソコソ隠れなければならないのだ? 私は隠れるのは嫌だ」
 この隠れるというのは何か私は悪い事をした気になる。殺人でも堂々と殺したと公言できるなら、悪い事をした気にならない。だが、隠れるというのは罪悪感を増加させる。ちなみに、老人の殺害には罪悪感は殆どない。しかし、その殆どないものが隠れる事で増加されるような気持ちになるのだ。おまけに、警察に追われる狼のような状態も精神的に良くない。
 具体的に私の理想を言うなら、こうだ。
 「ねえ、君の職業ってなに?」と可愛い二十代の女性が質問した。
 「私の職業は老人殺害専門の兵士だ」
 「キャッ! かっこいい、私を抱いて、私のお腹を百回はらませて!」
 「USA、USA、俺はアメリカだーーー」と私が筋肉モリモリの体にマッチョポーズを決めている。
 素晴らしい! 素晴らしすぎる。凄まじい妄想だが、これが私の理想とする所である。ああ、アメリカになりたい! アメリカみたいに人を合法的に堂々と殺したい。殆どアメリカに文句を言う国はいない。アメリカ同時多発テロ事件(ワールドトレードセンターに飛行機が衝突したテロ)で多数のアメリカ人が死んだ。
 しかし、アメリカがその代償を払わす為に起こした戦争ではもっと多くの無実の市民の血が流されたらしい。つまり、アメリカは自分の国を守る為に沢山の無関係な人間を殺害したのだ。でも、犯罪に問われない。堂々と人を殺したと公言できる。このように私はなりたいのだ。
 ああ、憧れのアメリカ合衆国、今度はどこの無辜の市民を虐殺するのだろうか? でも、その虐殺は犯罪ではない。あああああああああああああああああああああ、アメリカになりたい。ベトナム戦争で大量の枯葉剤をまいて、関係のない市民を大量に障害者にしても罰せられないアメリカ、広島、長崎に核兵器を投下しても罰せられないアメリカ。
 私は家に置いてある星条旗(アメリカの国旗)に星(この星はアメリカの州を意味している)が沢山書いてある部分に赤い日の丸を入れてみた(これはアメリカの州の一つとして日本が加わったという事を意味している)。
 「ああ、私もアメリカになりたい」と言いながら、私は深いため息をついた。
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