第4話 私は絶対に警察に逮捕されない

文字数 3,440文字

 
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 暴動は続いた。しかし、それ以降、私は暴動に参加しなくなった。その理由は暴動が非合法なので私の行なった殺人もリスクが高すぎるからだ。ああいうどさくさに紛れた殺人は(たぶん死んだと思う)一回のみに限る。それ以降は非常にリスクが高い。
 つまりは警察にマークされやすくなる危険が極めて高くなるからだ。警察は一回目のノーマーク時は非常に脇が甘い。しかし、二回目、三回目の犯罪と回数が重なるたびに監視の目を非常に強くする。おまけに軽犯罪ではない、重犯罪だとその傾向はますます強い。
まあ、とりあえず、私は一定の期間は様子を見る事にした。その間に私とは違ったタイプの吟遊詩人どもが自分の力をわきまえずに暴れまわる事が多くなってきた。今頃、警察は私が行なった殺人を血眼になって探しているが、私はもう暴動に参加していない、警察の考え方は常にマニュアルどおりに動く傾向が強い。であったら、であるだ。つまり、犯罪捜査の手法が経験と科学によって合理化されている。合理化されているというのはパターン化されているという事だ。で、そのパターンさえ見破れば、その裏をかける。この場合、犯人は暴動に参加しているだ。でも、私はしていない。
 「なんて、私は頭が良いのだろう? ウヘヘヘヘッヘ」
 私は自分が鬼畜である事が嬉しかった。最近、頻繁に起こっている介護施設でのボケ老人の虐待死もこのような感じで行なわれているのだろう。絶対に抵抗できない者、否、物を嬲り殺しにする快感は癖になる。自分は痛くない。でも、相手は痛い。なんだろうこの感覚は? 楽しいんだよ。自分が痛くなくて、人が痛い事が。自分が将来、痛くなることなんて想像できない。それはなぜかって? それは、私が今、痛くないからだ。今、痛くない私が将来、痛くなるわけがない。当然だ。そんな事は考えられもしない。
話はかわるが、この何もやっていない期間がもったいなくなってきた。そして、この虐殺に血を染め続けると今度は人に愛を与えたくなってきた。私は虐殺者でもあり、善人でもあるからだ。それは私には重要だ。その為に、先程、踏み殺した老人のポケットからお金をくすねてきたのだ(もちろん、警察の捜査を混乱させる為に物取りの行為に見せかける必要もあった)。このお金で愛する家族に何か買ってやりたい気持ちが強くなってきた。
 まず、妹に何を買ってほしいか聞いてみた。
 「優子ちゃん、何買って欲しい?」
「おにいちゃん、気味悪い。いつもはそんな事言わないのに」
「とりあえず、何か言ってみてよ」
「後でお金を請求するんじゃないよね」
 「私がそんな人間に見えるか?」
 「見えるから言うのよ」
 私は妹には結構、優しいのにそう思われている事に少しがっかりした。でもいいんだ。綺麗だから。僕の優子ちゃん。妹じゃなかったら、何回、手を出したいと思った事があっただろうか? 彼女は日本料理なのだ。中華料理ではない。今の女どもはありとあらゆる化粧、更には整形までして自分の美を保とうとしている。
 つまりは、中華料理なのだ。中華料理は素材そのものの味を変える事に極意がある。ありとあらゆる調味料、焼く、煮る、炒める等の調理技術によって、素材の味そのものを変えている。
 しかし、日本料理は違う。日本料理の極意は素材自体の味を生かすのが極意だ。その代表は刺身。究極に新鮮で生でも食べられる魚を醤油と山葵だけの超シンプルな調味料だけで食べるというものだ。つまり、美人に言い換えれば、ナチュラル美人、詳しく言うならば、若いし、素でも美しいので、薄化粧をするだけで誰よりも遥かに美人なのだ。
「なんでも好きな物を買ってあげるよ。何がいい?」
 「気味が悪いから、いらない」
 ここまで、妹が言い張るのは珍しいと思った。私に対して何かの勘が働いたかもしれない。確かにケチの私が妹に何かを買ってやるというのは非常に珍しい。おまけに、私の儲けた金に毒が含んでいるというのに薄っすら気づいているかもしれない。
 「とりあえず、何か言えよ」と私は怒気を含んで言った。
 「耳につける花のブローチが欲しい」と妹は諦めた様子で話した。
 「よし、買ってやる。特別高くて、高品質の物を買ってあげるからな」
 妹は不信感丸出しの顔で私を眺めた。しかし、私はその顔を怒気丸出しの顔で眺め返した。そして、ついに妹は諦めたのか、一つ、ため息を大きくついて、頷いた。私は金の出所を妹に聞かれるのをヒヤヒヤしながら、尋ねていたのだが、最終的には私が勝ったのだった。
 これで、妹は私の血で染まった金で、おしゃれをする事になる。私は老人どもを踏み殺したスパイクについた血を思い出した。これで、妹は私の手に落ちたのだ。私の物になったのだと感じた。
 次に母親に何を買ってほしいか聞いてみた。
「お母さん、何が欲しい?」
「金しかいらん」
 私はなんという糞婆だと思った。息子が親孝行の為に何か買ってほしいか尋ねているのに、「金しかいらん」とは・・・・。とりあえず、若い頃からこんなにひねくれてはなかっただろうに。若い頃は妹のように純粋で可憐な乙女だったはず。ヤンキーでありながらも可憐な乙女だったはず。私は少し悲しくなった。今では、ワイン樽とあまり変わらない腰の太さだが、精神的な腐敗がここまですすんでいるとは・・・・。
 「なんかいってよ。親孝行がしたいのにできないよ」
 「しなくていい。金が欲しい」
 「この糞婆め! 金と一緒に死ね」
 「それでも私の息子か! 金を出せ。金こそ親孝行だ!」
 私はもうこれ以上言う事は諦めた。こんどは妹とは逆に私が折れたのだ。内心ではこの豚野郎と思って、母親でも激怒していたが、これ以上言う事はできなかった。私は犬に餌を投げるように三万円を母親に投げ捨てた。母親はそれを一瞬の隙も見せる事なく、すぐに拾い上げるとポケットにいれて、こう言った。
「それで、こそ我が息子」
 私は少しくらい親孝行した気持ちになったが、なんだかあんまり気がパッとしなかった。私のひねくれている性格はこの母親に似ているのかと思わざるをえなかった。この金もスパイクについた血の金であるが、母親のこのような態度では何の感覚も沸き起こらなかった。
 最後に父親に何を買って欲しいか聞いてみた。
 「お父さん、何が欲しい?」
 「何もいらないよ」
 「何でもいいから言ってよ」
 「家族が健康で幸せである事が一番だな」
 私は何て良い父親なのだろうかと思った。我が家族の良心である父親。この父親の為に家族はみんなバラバラにならずにすんでいるのだ。その事を思うと私は自分自身の事を糞野郎としか思えなくなってきた。しかし、とりあえず、父親に欲しい物を聞かないと私の気持ちはすっきりしない。
 「何でもいいよ。遠慮しなくても、好きな物を言ってよ」
 「そんなに言うなら、財布かな」
 「財布」
 「そう、財布だよ。もう、三年も使用しているので、中がボロボロなんだよ」
 私は殺した年寄りの財布の事をふと思い出した。ポケットから財布ごと金を盗んだので、財布も持っている。しかも、相当に高級な財布で新品同然だ。これをこのまま父親に渡そうかどうか考えた。老人の血にまみれた財布を渡す時に、私はお金で買った物よりも何か勝ち誇ったように感じるのだ。何かを圧倒したような気持ちになるのだ。しかし、感の良い父親に犯罪の臭いを感じ取られるのが怖かった。だから、仕方なく、お金で新しい財布を買う事にした。
 これで、家族へプレゼントする物はすべて決まった。私は殺した老人が自分の体の一部になったような気がした。これはどのような感覚かと問われるならばこう答えるだろう。動物の脳味噌を食った感覚だ。一日前まで元気に生きていた動物の脳味噌を腹いっぱい食べて、それが自分の歯で噛まれて、ペースト状にされ、胃で消化され、吸収される感覚だ。つまりは勝ち誇った全能感だ。別の例えをするならペリカンが生きた小魚を食べる。そして、その小魚が腹の中で動いているのを楽しむような感覚だ。
 そして、その全能感は性欲に直結する。私はその晩、自分が家族にプレゼントする事を布団の中で想像し、更には殺す前の老人の命乞いの声を思い出して射精した。その日、私は神になった気分だった。
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