第5話

文字数 1,038文字

 定時で帰宅すると、若宮さんはいつものようにリビングのソファへ仰向けで寝そべっていた。

「ただ今帰りました」

「おかえり」

 帰宅のあいさつを終え、ボクはさっそく本題に入る。

「若宮さん。若い加害者の顔、ボロボロでしたよ」

 そう伝えると若宮さんは、はぐらかすことなく詳細を教えてくれた。

「若い加害者が、こりもせず駅で盗撮をしたらしくてね。女性に見つかり全力で逃げたんだ。そこへ、たまたまヒールを履いた背の高い女性がジェロボアムの瓶を抱えて歩いていて……不運だね。その女性は犯人に全力でぶつかられ転げてしまった。辺りは加害者の歯と血が散乱し、それは見苦しい光景だったらしいよ。まぁ、唯一の救いは瓶が割れずにすんだことかな」

 瓶を心配しているあたり、確信犯じゃないか。
 しかもジェロボアムは三リットル入りの巨大なシャンパンボトルだ。それを抱えて持ち歩いている人なんて見たことがない。「ヒールを履いた背の高い女性」だと言ったのは、背の低い加害者が、女性の持つシャンパンボトルへぶつかるよう高さを調整したに決まっている。

「その女性、若宮さんの知り合いですよね」

「知り合いというか、依頼人かな」

 転んだのが依頼人なら、こちらはあくまで完全なる被害者だと主張するための演出に違いない。

「カメラはどうしたんです?まさか不法侵入してませんよね」

 ボクは不安になり、確認する。若宮さんは「ボクじゃないよ」と言い、ソファの前に置かれたローテーブルの上にある、十通ほどの茶色い封筒を見せてくれた。宛名にはどれも「目明し堂様」と書かれている。

「この依頼すべてが、一つの案件なんだ」

 若宮さんは封筒を指さしながら「不動産」「電子機器」「IT」「警察関係者」など、依頼人の職業を挙げていく。ボクはそこでやっと理解する。不動産関係なら賃貸の鍵を手に入れることができるだろうし、電子機器ならカメラやパソコンの類いに詳しい。ITの専門家なら遠隔操作なんて手慣れているし、警察関係者なら捜査に入れる力加減を操作できる。加害者たちは連続盗撮犯だと放送されていたのを思い出した。若宮さんの依頼料は高額なので、それなりに権力や地位のある人物ばかりが集まった結果――あの「盗撮犯がお互いに盗撮し合う」という奇妙な話ができあがったのだ。

『ウサギの後ろにいるのが、ウサギだとは限らないよね』

 若宮さんの言うとおり、ウサギの後ろにはオオカミすら恐れる猛獣が存在したのだ。そしてウサギだと思っていたら、実は肉食獣だったとも言えるだろう。
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登場人物紹介

若宮カイ(41)

目明し堂を営む張本人

人嫌いで、大のめんどくさがり屋/なまめかしい雰囲気を漂わせている/いつも寝癖がついている/受けた依頼は、世羅くんを振り回してきっちり解決する、やればできる人

世羅宏(30)

若宮の助手兼、運転手、本業は医師

善良な人間(若宮談)/料理を含む、家事全般が得意/彼女が途切れない/いつも若宮に振り回されてる、ちょっとかわいそうな人

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