第4話

文字数 1,056文字

 それは午前の勤務が一段落し、昼休憩を取ろうと病院の待合室を横切ったときのことだ。待合室にあるテレビから「女性用トイレ盗撮」という喜ばしくない話題が流れていた。盗撮動画を違法サイトへ載せていた常習犯が、二人逮捕されたらしい。

 しかし、集中的に放送していたのは盗撮被害の内容ではなく、加害者二人がお互いを盗撮し合うという奇妙な内容だった。お互いがお互いの部屋へ忍び込み、トイレや風呂など、すべての部屋へ隠しカメラを取り付け、日常生活を丸ごと複数サイトへ配信し合い、おまけに動画のタイトルへお互いの本名を載せ、概要欄には年齢、職業、さらには大雑把な住所も載せていたというのだ。

 盗撮の腕を競い合っていただとか、仲違いしただとか、練習していただけだとか様々な意見が心理学者や犯罪学専門家で討論されている。そして加害者二人の写真が写しだされ、ボクは驚く。一人は見たことのない線の細い若い男性で、もう一人は先週、ボクの目の前で逮捕された中年男性だったからだ。

 ボクは急いで若宮さんへ連絡をする。電話に出た若宮さんは、悪びれることなく「若い方が主犯だよ。加害者は全部で二人いたんだ」と言ってきた。そう言われてみれば、フルムーンからの帰りに若宮さんは「加害者たち」と言っていたことを思い出す。

「加害者たちはアパートの隣人同士でね、二人とも女装が趣味だったんだ。元々盗撮犯は若い男だけだったんだけど、隣人が自分と同じ女装の趣味があると知ったとたん『女性にしか見えないから大丈夫』と中年男をそそのかして共犯にしたんだ。自分でカメラを設置するより、他人にさせた方が現行犯逮捕されにくいからね」

 若宮さんは、テレビより詳しい説明を続けた。

「中年男が初めて女性用トイレに侵入したとき、鉢合わせた女性が何も言わないから自信を持ったんだってさ。怖くて声をあげられなかっただけだろうに。どうして、ああいう輩はそんな簡単なことも想像できないんだろうね。ボクには理解できないよ」

 スマートフォンの向こう側から、心底呆れた声が聞こえる。

「若い男は中年男が現行犯で捕まっている間に証拠隠滅をした……けど、まさかその姿まで配信されていたなんて驚きだね。あ、ちなみにあいつら身も心も男だよ」

 まだ聞きたいことはあったが、帰ってから尋ねることにしよう。なぜなら、移送中の映像が流れたとき、そこに映った若い加害者の鼻はガーゼで覆われており、口周りは赤黒く腫れていたからだ。

 ボクはため息をつく。
 ボクが知らない知らされていないことは、まだたくさんありそうだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

若宮カイ(41)

目明し堂を営む張本人

人嫌いで、大のめんどくさがり屋/なまめかしい雰囲気を漂わせている/いつも寝癖がついている/受けた依頼は、世羅くんを振り回してきっちり解決する、やればできる人

世羅宏(30)

若宮の助手兼、運転手、本業は医師

善良な人間(若宮談)/料理を含む、家事全般が得意/彼女が途切れない/いつも若宮に振り回されてる、ちょっとかわいそうな人

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み