水清ければ‥‥

文字数 1,328文字

「田中部長、支店に到着しました。頑張って内部監査を終わらせましょう。」

使い古したマニュアルを手にして新人の持田兼輔が、部長の私に元気よく声を掛けた。

本日は、我が中古品販売会社の支店の内部監査日である。

支店長にあいさつし、早速、会社のシステム上の在庫と実在庫に差異が生じていないか、また帳簿上に存在しない商品が在庫されていないか、会社のシステム上の現金残高と実際の現金残高の差異がないか等のチェックを進めていく。

「これは不正の温床になるんじゃないか‥‥」

持田が私に見せたのは手書きの買い取り伝票だった。

「中古品の買い取りに関してはシステムにてデジタル管理可能なのになぜ未だに手書きの伝票を使っているんですか?しかも伝票の控えを管理してもいないじゃないですか。これでは店に商品を売りに来たお客様と店員が直取引を行っていてもわからないじゃないですか。」

持田が興奮して、私に話した。

"やはり気付いたか。前々から店の看板を信用して、店にいらっしゃるお客様から直で品物を仕入れて、ネットオークション等で売却して利益を得ている従業員がいるのは薄々気付いていたが、それを追求したところで、証拠はないし、正直に従業員が「お客様から直で商品を売ってもらい、自らオークションで売却して利益を得ていました。」と言うわけないし、それに安月給のうちの会社では、そんな役得でもない限り社員なんて定着しなくて、何度も社員教育からやり直さなくちゃならないじゃないか。清濁併せ呑む器量を持てよなぁ。"

と思ったが、

「支店にある在庫も差異が生じてないし、実際不正が行われた証拠もないから追求しなくてもいいんじゃないかな。細かなところに不信感を持っていたら日々の業務そのものが実行できないよ。」

「でも、会社の看板を使って私腹を肥やすなんて許せませんよ。」

"頭の硬い野郎だな。おまえと違って支店で働いている従業員は家族を養っていかなくちゃならないんだぞ。多少グレーなところがあっても目をつむれよなぁ。"

と思ってイラついていると、後ろから

「なんか異常でもあったのかね?」

と言う声がしたので振り返ってみるとそこには、抜き打ちで支店の様子を観察に来ていた社長の下村力也が立っていた。

「社長、このままでは、従業員が店舗に足をはこんでくださったお客との間で直取引をしてしまい、わが社の利益が正しく確保できません。手書きの伝票は廃止しましょう」

持田が社長に直談判した。

"あのバカとんでもねぇことをしやがって。まずい。このままだと従業員とお客との間で、直取引の疑いがあることを社長に長年報告していなかったことを咎められて、私自身が降格や左遷させられてしまう"

そう思った矢先、社長が口を開き、

「それねぇ。従業員を安月給でも会社に定着させるためにわざと見逃しているんだわ。この支店では、売上も利益も毎月必達しているし、いいんじゃないの。厳しく会社が監視したとしてもばれないようにやる人間は出てくるだろうし、"水清ければ魚棲まず"っていうでしょ。」

と持田に諭した。

"直取引を把握していない訳でなくわざと黙認して、それを利用して、給料を押さえるための手段としているとは…。経営者ってやはりすごいな。"

と私は思ったのでした。










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