馬謖(バショク)

文字数 1,123文字

辛い冬が終わり会社の回りは雪が溶け始めてきていた。しかし会社の業績は未だに冬……というか数ヵ月前よりさらに厳しいものになっていた。

「売上を伸ばすための営業活動、利益をあげるための経費削減どれもやっているが、それでも厳しい。社長の私を含めて5人のベンチャー企業だが人員削減を行わなくてはならないときがきてしまったな。本日中に対象者を決めて、やめていただくよう促そう。」

今月の売上、利益の見通しを表計算ソフトで確認しながら、社長の私のは呟いた。

"しかし、誰をリストラしたらよいだろうか。私の会社も厳しいが、社会は不景気でもっと厳しい会社もあり、再就職は困難だから、こんなつぶれそうな会社でも、誰も自主退職しない。正当な理由なくリストラ対象者を決めることはできないしなぁ…"

と10年ほど前のまだ社会の景気がよかったときの社員旅行の写真をスマホで見ながら考えているとふと、

"そうだ。佐藤のやつ、就業規則で禁止されている副業がばれて、戒告の処分を受けていたじゃないか。 懲戒処分などの処分を受けた人は他の会社でもリストラの候補にするというし、本人も周囲の人間も納得するのではないだろうか?"

一瞬、私は妙案が思い付いたと思った。

しかし、

"待てよ。佐藤が戒告を受けたのは確かだが、違法行為ではないし、あいつは私より優秀で、この会社が今日まで存在しているのは、あいつが売上・利益ともに寄与貢献したところが大きい。この難局を乗り切った後にはあいつの実力が会社には絶対必要なのではないか?
だが、じゃあだれを切ればいいんだろうか?
就業規則を守っていた他の3人のうちの1人を会社への貢献度が低いことを理由に、リストラしてしまったら、わが社の規律が保てなくなるのではなかろうか?"

いろいろ悩み、考えて、結論が出たときもう朝になっていた。




「おはようございます。」

毎朝やっている1日の仕事方針表明で、皆に私が話し始めた、

「皆も知っている通りわが社の業績は大変悪くこの度人員削減を行うこととなった。その対象者は社長である私だ。この会社の社長は佐藤にやってもらう。佐藤よろしく頼む」

戒告をもらったことがあり、自分がリストラの対象者だと思っていた佐藤は大変仰天して、

「社長がやめる必要ないですよ。本来は僕がやめるべきなのに‥‥」

と言ったが、

「会社の今後を考えたら私のような年寄りが引退して、自分より優秀な人間がそのポジションに入った方が会社全体のためになると判断してのことだ。戒告をうけてからのおまえの真面目な勤務態度は俺が安心して引退できる判断材料になったんだよ」

と言ってやった。



10年後、


佐藤が社長になった会社は、老若男女だれでも知っているような国を代表する企業になったそうな。














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