第15話

文字数 736文字

「いけんのう」
そう言いながら、あごをなでる人影が日向FCのベンチにある。
顔が大きい、大人の男だ。どれくらい大きい大きいかと言うと、顔から手足が生えているように見えるほどだ。もちろんウソであるが。
その顔には、毛という毛がない。
髪の毛、まゆ毛、まつ毛、ひげ。一本もない。年を取って髪が薄くなったわけではない、若いころからこの見た目だったのだ。
その足元に、さっきみどりがゴールに突きさしたボールが転がる。日向FCのキーパーがくやしまぎれに大きく投げたところすっぽすけたかのようにとんでもないところに流れてしまい、男の足元に落ちた。黄色いユニフォームの選手たちの顔がさっと青ざめた。
男がはいているのは、スーツに合わせるような黒光りする革靴だった。つま先がとがっていて、運動には適さないもの。
えび茶色のジャージをはいた右足を、一振り。
ふわりと上がったボールがセンターサークルの中に落ちて、そこからバックスピン。円の中央でピタリと止まった。
男は魔術師と呼ばれていた。ひすい市がほこる楽器メーカー、ジェイドにはかつて名門サッカー実業団チームがあり、男はその中心選手だった。
男の足は魔法の杖。一振りすれば炎のようなシュートや雷のようなパス、津波のようなドリブルを見せた。まだ日本のサッカーがアマチュアだった、そんな技を教えられる指導者などいなかった時代だったのに。
だから周りはうわさした。あいつは悪魔に髪の毛を売り渡して、魔法を使えるようになったのだ、と。
それから三十年。男は指導者になった。彼が教えたチームからは、将来のプロサッカー選手が次々と生まれている。
「目黒、灰谷、白石。行ってこい」
「はい、監督」
男の名は小津紫郎、日向FCを作った人物であり、監督だ。
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