イジメ

文字数 2,896文字

人生を大きく変わる事を一つ上げるとすれば、まずイジメを思い付いた。
とは言っても、最初はイジメに加担する側だった。
あれはまだ小学四年生の頃の話。まだ都会へ転校する前で、田舎に暮らしていた。ある日、クラスに転校生がやってきた。その子は別の地方からやってきた。父親の仕事の都合で、遠くから引っ越してきたそうだ。地元の人間しかない学校でたった一人余所から来た者で、しかも方言も全く分からないかった。小柄で顔にそばかすいっぱいあって、お世辞にも綺麗な女の子に言えなかった。性格もやや内向きで、あまり陽気な子供ではなかった。
子供の世界は残酷で、彼女は恰好な玩具にみなされた。皆して彼女をばかにするし、悪戯もちょくちょくした。言葉もあまり通じないあの子はいつも顔を赤くしてちょっかい出すやつに睨めつけて、時々尖った声で威嚇した。まるでハリネズミみたいな女の子だった。
田舎の先生の標準語はあまり標準ではないので、(なま)りがとにかくひどかった。特に数学先生の授業で、ほとんど方言で講義していた。日本人が分かるように説明すれば、東京にいた子がある日沖縄に転校して、学校の先生は始終沖縄弁で授業を進めるという地獄みたいな光景だった。だからその子の数学の成績が特に酷くて、先生にも疎まれた。
不憫に思う気持ちはなくはないが、かという僕は当時彼女をばかにする人間の一人であった。子供の頃、他人を判断する基準は基本顔からだった。その子はよく言って地味な子だったから、最初から好意を持てなかった。成績も良くないし、頭の悪い連中に勝手に分類してしまった。彼女に悪戯したやつの中で、僕の友達もいたので、彼らと同調して僕も彼女をからかった。名前すら覚えていないあの子の恨めしい目、何故か今でも覚えている。

翌年、事情あって僕は都会にいた親の元へ行き、故郷を離れた。入学試験を経て、なんとか地元の小学校に入れたが、そこから地獄の始まりだった。
入学初日、知り合い誰一人いないクラスに案内されて、適当な席に放置された。先生は色々書類を整理しに職員室に向かったので、取り残される僕は不安な心を抱えたまま、動物園の中の猿みたいに取り囲まれて、面白い目で見られた。その時、自分が人見知りだということを初めて知った。標準語や方言で名前を聞かれてもただ黙って、回りを無視し続けた。先生が戸籍資料をもって帰る時、近くの子にまっ先に奪われ、名前を大声で読まれた。思えば最初から僕は失敗した。
地元の学校は余所者が少なく、僕のいた学年に僕一人しかいなかった。初日から悪い意味のニックネームにつけられて、その意味さえ分からなて、家に帰って父に聞いた。余所者を蔑むことを如実に表現する方言だったらしい。
その小学校にいた二年間、色々イジメを受けていた。性格のせいか、他人から見て僕はかなり生意気な子供だったらしい。それを気に食わなく、回りからいつも挑発され、とにかく喧嘩を売ろうとしていた。脅し、蔑み、時に暴力も行使した。他よりやや背の高い僕は喧嘩に自信はあるが、あれはあくまでタイマンの話だった。いじめるやつらはいつも群れで喧嘩売ってきた。ただ先陣を切る勇気のないチキン野郎ばかりの集団だったから、多くの場合は脅しをかけて、屈しない僕と睨めっこになって不発に終わった。それでも、学校に居る間はいつも脅されるし、蔑むような目を向けられた。今日遊んでくれる人を友と思えば、翌日でイジメの集団に入っていたこともあったし、人間不信になり始めた。小学校卒業まで二年もの間、精神が磨り減っていくような日々だった。
中学に入って、やや遠くの中学校に行くことになった。そこで周囲の村や待ちから上がってくる学生もいたから、余所者への当たりはそれほど強くなくなった。同じ小学校のやつらも同じところに通うことになったが、幸いなことに、僕をいじめたやつらとは別クラスだった。それでも僕へ向く悪意は減らず、他の学校からあがってきた子とつるんでクラスを跨って喧嘩売りしにきた。一つ上の学年の野郎にカツアゲされることもあった。でも、カツアゲの野郎どもは僕に限らず他の生徒達にも色々やっていたらしい。その内の一人は手癖が悪くて、親に相談せず家からお金を盗むようになってきた。結構な金額を盗んですぐばれたので、喝上げに遭ったこともばれた。そのおかげで学校側が殊更カツアゲを問題視して、僕へのカツアゲはやがてうやむやになった。
小学校の時のように悪意に満ちた環境でなくなったが、隣のクラスに王様気取りのヤンキーがいて、何故か僕にしつこく絡んできた。とにかく挑発してくるし、放課後仲間を集めて校門で僕を袋叩きにしようとすることも何回かあった。やつらが散るまで僕学校に隠れて、時に下校の人の群れの中に紛れてやり過ごしたが、不安な日々は依然として続いた。中学三年に上がった頃、僕は尖っていた自分を変えたくて、とにかく回りの人にいい顔をしてきた。クラスのほとんどの人と友達になって、人間関係について色々勉強した。その中で、横暴に振舞っていた不良どもが一目置いた裏ボスみたいな人が同じクラスに居たことに気付いた。偶然にも隣席になって、そいつと仲良くするように心掛けた。その人に宿題を写させたり、冗談言い合ったりして、仲良くなれた。それ以降は不良どもはあまりちょっかい出してこなかった。

イジメを受けた経験で、自分が如何にに脆い人間だということを気付かされた。何年の間、僕は暴力に怯え、いつも不安の中で過ごしてきた。いつもばかにされたような目を向かれたから、人の視線も敏感になってきた。陽気だった子供頃は見る影もなく、絵に描いたような陰キャラになてきた。三年生になって、イメチェンしようとする時期もあったが、結局中学卒業したら化けの皮が剥がれて、根暗な人間に舞い戻った。
子供頃の自分はとにかくポジティブで、自信に溢れていた。自分が天才であると大口を叩いたこともあった。人生における大きな挫折の一つであるイジメに遭ってから、性格はひっくり返すように変わった。今の自分を形作るパズルの中で、一番大きな欠片であると言っても過言ではないくらいだ。
僕を傷付けるやつらに復讐することも当然考えたことがある。やけくそな思いでやつらを殺したい気分もあった。でも、結局僕は奴らから逃げることにした。自分を傷付けるやつらは許さない。しかし復讐もしない。僕はただ忘れたいだけだ。何もかもを忘れて、許さない気持ちすら忘れたい。だからやつらが居ない場所に、遠くまで逃げればいいのだ。そしてやつらの居る場所なるべき行かなようにしてきた。
十数年という歳月が過ぎ、僕はもう遠くまで逃げたことに成功した。そして自分から思い出そうとしない限り、いじめに遭ったことも道端に転ぶ小石のように割と気にしなくなってきた。
いじめに加担してことも、いじめられたことも経験した僕から見ると、いじめという行為はどこまでもつまらないのだ。自分の弱さに気付かない人間が、その弱さに打ち勝つしようがなく、自分より弱い人間を見付けない気が済まない。哀れなやつらだとしか思えない。
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