第6話 再戦

文字数 4,509文字

 そこで、誠は、猪熊から奪われた縄張りを、取り戻す作戦を考え始めた。
 誠は、考える。
 ……力ってなんだ? ……
 確かに、猪熊と、戦う時には、猪熊だけでなく、その上のルールを作れる、強い人達の大きな力が邪魔になる。
 それを避けるには、ルールを作れる強い人間「支援員さんたち」の大きな力の動きに注意しなくてはいけない……。

 誠は考えた。
でも、その種の力は、無欠ではない、強力なのが故に、最初は、ゆっくりとしか動かせず、その力のインパクトが、決まるまでは、時間が掛かるからだ……。
 その大きな力が、誠の頭上に落ちる前に、猪熊を倒せば、この勝負、勝てるかもしれない……。
 誠は確信した。
 ……勝って、安心して仲間たちと過ごせる、自由な世界を、取り戻そう……
 誠は、そこで、時間との勝負に賭け、短期決戦で猪熊との対決を決意した。

 誠が、決意を固くしたある日、自分の家の部屋で、こたつで暖をとって、くつろいでいると、ウトウトと、寝入ってしまった。
 誠は、長い夢を見た。
 それは、滑稽で痛快な、猪熊と戦う夢だった。
 夢の中で、誠は、猪熊と戦う作戦を練っていた。
 誠は思った。
 猪熊と、戦って勝つには、明らかに劣勢な、戦力の差をどうやって、埋めればよいのだろうか……。
 誠は思った。
 ……今のままでは、猪熊には勝てない……

 誠は、戦いが始まるまで、時間が余りなく、その間に、何とかしないと……。しかし、普通の考えでは、簡単に、その穴は埋まらない……。
 誠は、その事に、焦りと迷いが募るばかりだった。

 戦いの数日前、誠は、長い、長い夢を見た。誠は、自分の部屋で、カラーボックスの簡易本棚をじっと見ていた。本棚の陰にある、名刺サイズのカードの入った、ケースに手を伸ばした。
 ケースの中には、五人の名前と連絡先が記された、5枚のカードがある。その内の一枚は、亡くなった人のもので、それを除いて、残った四枚の中から一枚を手に取った。
 誠は、思った。
 ……私を、覚えているだろうか?……
 誠は、迷った末に、携帯を手に取って連絡した。
 誠は、夢の中で、その相手とつながった……。

 場面が変わって、猪熊との戦いの用意が、整うと、誠は、支援員の少ない今、猪熊との戦いを始める事にした。
 誠は、光ちゃんと、綾香を、後方にさがらせて、戦いに、巻き込まれない様にした。
悠作は、後詰めで、誠が猪熊より優勢になった時、戦いに参加する手筈だ。

 誠は、戦う! ……。
 作業所「ハトさん」の昼の休憩時間に、猪熊に戦いを挑むため、リサをつれて作戦を開始した。程なく、誠とリサは、ターゲットの猪熊を捉えた。誠は、リサと一緒に、猪熊に戦いの火ぶたを切った。誠とリサは、用意された、因縁を猪熊に吹っかけて、戦い始めた……。
 「おいコラ、猪熊、好い気に、なってんじゃねえぞ!」
 誠は、そう怒鳴って、猪熊に眼を飛ばした。
 リサは、可愛く……。
 「なめんなよ」
 「?」
 猪熊は、ビックリしたが、デメェなんか怖くねぇぜとばかりに、ガンを飛ばし返した。
 睨み合いの中で、視界の広いリサが、猪熊の仲間が、猪熊の応援に来たと、誠に、耳打ちした。
「ん」
 誠の勢いは、少し無くなっている。
 すると、誠は、リサに、「安全なところに行くように」と、言った。リサは、マコたんは、ダイジョブなのかな? と、思っていたが、怖くなったので、言われた通り後退した。

 誠は、その後、簡単に、三人の人間に囲まれた。
 リサは、思った。
 ……マコたん、全然、ダイジョブじゃ、ないじゃん……
 しかし、誠は、全然、臆する様子が見えない……。
 リサは、思った。
 ……マコたんには、何か、策があるのだろうか? …… 
 猪熊の仲間は、誠の胸倉を掴んで、左右に大きくゆすった。
 「ヘヘッーおめぇ、ションベン、チビッタか?」
 猪熊は、誠に、お下劣な言葉を浴びせた。

 配下の二人も、誠を小馬鹿にしてハシャイデいた。
 猪熊が、調子に乗って吠えた。
「世の中は、力の強い者が、勝つんだよ。てめぇ、見たいな奴は、強者のエサなんだよ,オイ、何だその目付き魚の腐った目だてばよ……」
 猪熊は、誠を、吊し上げてやりたい放題だった。
 リサは、『こりゃダメだ』とガッカリしながら、成り行きを見守る。
 誠は、敗北に向かって、一直線の、孤立無援の絶体絶命の窮地だ。

 その時だった。
 大きな影が動いた。
 「ガサガサ」
 物音がする。
 誠は思った。
 ……来たか……

 その時、突如、大男が現れた。
 男は直ぐに、猪熊の仲間達の二人を相手に、恐ろしい形相で、「ウラ、ウラ」と、叫びながら迫った……。
 猪熊の仲間たちは、驚いて応戦するが、男は、大きな体で目の前に、立ちはだかって、恐ろしい形相で相手を威圧した。

 直ぐに、お互い、睨みあって対峙すると、その男は、何も言わず、猪熊の仲間たちの前で、ポキポキと、指を鳴らして見せた。
 猪熊の仲間たちは、その行動に、「男が、何を、するか? 分からない」と、云う、言い知れぬ恐怖に震え始めた。
 猪熊の仲間たちは、その男に、痛みの伴う暴力を、振るわれるのではないかと怯えると、浮足立った。

 少しずつ、猪熊の仲間たちは、後ずさりしていく……。
 猪熊が、『お前ら、逃げるんじゃない』と、大声で言って、猪熊の仲間を、踏み留まらせようと鼓舞する。
 男は、それを見て、「おおおー」と雄たけびを上げると、猪熊の仲間たちは、「もう、やってらんない」と思って、猪熊を、なげだし一目散で逃げだした。
 猪熊の戦線は崩壊した。

 猪熊は、逃げる事も叶わず、その場に立ちすくんだ。
 直ぐに、誠は、その男と一緒に、二人で、猪熊を囲んで、威圧した。
 誠が、猪熊を責める。
 「猪熊、貴方は、強者ではないようだな、カス、見たいな奴だぜ……」
 男が、誠の後ろに控えて、ジッと、猪熊を睨んでいる。
 猪熊は、怖くて仕方がなかった。
 すると、更に、悠作に、来いと言う合図をして、猪熊の傍に来させて、三人で猪熊を怖がらせた。
 猪熊は、自分の状態に愕然とした。

 リサが、増援が来ないか周りを見ていたが、誰も来ないと見ると、猪熊を、ビビらせることに参加した。
 形勢は、男の出現によって一瞬で逆転した。

 誠は、戦いのヤマを越すと、男に声を掛けた。
 「のぶゆん、良く来たな」
 「おぅ」 
 のぶゆんと呼ばれた男は、本名、「大山信行」と、言って、空手を、やっている、武闘派の誠の友達だ。
 のぶゆんは、格闘技を、やっているだけに、背が高くて、細マッチョであるが、屈強な男で、ゴツゴツした顔つきが、凄くて、戦えば、鬼神の様に恐ろしい……。
 作業所「ハトさん」のみんなは、このケンカを、遠くから見ていた。
 優劣は、誰の目にも明らかだ。
 誠たちは、猪熊に勝利した。
 そして、何事にも、動じなない、この、のぶゆんを見て、仲間たちは、MVP賞は、彼のものだと思った。
 みんなは、のぶゆんを見て思った。
 ……のぶゆんは、カッコいいなぁ……
 のぶゆんは、そんな雰囲気が、皆にあるのが、分かって、心地良かった。
 猪熊は、戦意を喪失した。

 猪熊は、この場を一刻も早く立ち去ろうとしたが、腰を、抜かしてしまい、キョロキョロと、床にはいずりまわって、辺りを見まわすしか出来なかった。
 「マコたん、こいつ……」
 のぶゆんは、汚いものでも見る様に、猪熊を蔑んだ目で、見降ろしている。
 誠は、のぶゆんに言った……。
 「ほっとけ」
 すると、のぶゆんは、猪熊に、プロレスの技を掛け、床にヒザマ付かせた。
 猪熊悲痛な声を上げる。
 「おゆるしおー」
 猪熊は、恐怖のあまり、鼻水を垂れ流しながら、泣いて、許しを請うた……。
 誠は、猪熊を、哀れに思った。
 誠のそんな気も知らず、のぶゆんは、猪熊の頭を、拳で、小突く……。
 「ゴツゴツ」
 すると、猪熊の恐怖は、頂点に達する。
 そんな様子を見ていた、みんなは、猪熊の没落に、「いい気味だ」と、興奮した。

 すると、皆の中の数人が、猪熊から受けた、日頃の恨みを、のぶゆんのように、晴らしたいと思って猪熊への敵意をあらわにした。
 いったん、流れ出した、その流れは、誰も止めることは、出来なかった。誠は、そろそろ、潮時と思い、引き上げの頃合いをうかがい始めた。
 「その辺で、止めたら……」
 誠は、のぶゆんに言った。
 「ん」
 のぶゆんの反応が、良くない……。
 誠は、それに、腹を立て、キットっと睨んで一言……。
 「止めろ」
 のぶゆんは、つまらなそうに一言……。
 「ちぇっ」
 のぶゆんは、猪熊を、いたぶるのを止めた。
 そこで、誠は、長い夢から覚めた。

 誠は、気づいた。
 ……そうかアイツがいたか……
 誠は、早速、のぶゆんに、携帯をつないだ。
 誠は、のぶゆんと夜が更けるまで話をしていた。

 翌日、作業所「ハトさん」に、のぶゆんがやってきた。
 光ちゃんがは、屈強なのぶゆんを見て感嘆を漏らした。
 「凄いぞ、のぶゆんさん」
 光ちゃんが、目を輝かせている。
 リサが、そんな様子を見て、にっこり笑う……。
 「マコたん、こんな凄い人が、友達なんだね……」
 「まあね」
 悠作は、彼に興味を示し、誠の顔の広さに驚いていた。
 のぶゆんは、誠と、誠の仲間達に歓迎されて大喜びだった。
 「オス」
 それは、口数の少ない、のぶゆんの喜び方だった。
 実際においても、のぶゆんの働きは、夢の中と同じで、猪熊の我がままを、抑えることが出来た。

 綾香は、のぶゆんを陰から見ていて、そのささくれた分厚い手に感心していた。
 悠作が言った。
 「のぶゆんさんは、あんまり喋らない人なんですね」
 光ちゃんが一言言った。
 「うん、でも、カッコいい」
 そう、言って光ちゃんは、何度も、頷く……。
 リサが、言った。
 「そうね、のぶゆんさんは、ここの用心棒が、いいんじゃないかしら……」
 すると一同は「ははは」と、笑いあった。
 そこに、のぶゆんの笑顔があった。
 のぶゆんは、余り喋らないが、誠の仲間たちは、そんなのぶゆんを、好意的に受け入れている。
 そんな、様子を、誠は、嬉しそうに見ていた。

 のぶゆんが、過去に、堪えていた堪忍の緒が切れて、辺り一帯を、誠と一緒に、修羅場にした事を思い出した。
 のぶゆんには、長所が、欠点に変わる怖さがある。
 あれから、のぶゆんは、変わったのだろうか? そして、私は、あれから、変われたのだろうか? ……
 そこで、誠は、のぶゆんの所に行って、彼に申し出をする。
 「どう、ここに通ってみる?」
 すると、のぶゆんは、『そうだな』と、頷いて、その申し出を受けた。
 それから、のぶゆんが、利用を申し込んで、入って来るのに時間はかからなかった。

 今は、体験利用の期間を過ごしている……。
 そんな、のぶゆんは、自分の居場所が、見つかって、楽しそうにしている。
 誠がのぶゆんに言った。
 「のぶゆん、みんなのところに来ないか? ……」
 誠は、のぶゆんに、ほほ笑むと、のぶゆんを連れて、悠作や、光ちゃん、リサに綾香達のところに行って、お喋りを始めると、一緒に楽しそうに笑いあった。
 それから、何事も起こらず、平穏な毎日が続いた。
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