1 少年少女、北征へ

文字数 2,377文字

 

一年中強烈な陽射しが降り注ぐウエストサイドで、今日もキャラバン隊はがたのきたコンテナシャーシを駆り、町から町へと行商を続けている。
 トラックは四十フィートの海上コンテナを後ろにしたがえ、もうもうたる砂ぼこりを巻き上げながら干からびた大地を走り抜けていく。道路の名残らしきアスファルトは残っているものの、誰も整備しなくなって久しい路面のコンディションは劣悪だった。
 隊のお偉方は居心地のよいキャビンに収まり、中堅は倉庫兼ねぐらであるコンテナ内で惰眠をむさぼっている。まだ若い三人の見習いたちはというと、シャーシ側面の突起にしがみつく特等席をあてがわれていた。
「ねえ知ってる」〈レコーダー〉見習いの香苗が風に負けじと大声を張り上げた。「あたしたち、北へ放り出されるんだって」
「聞いてへんで。なにがおっぱじまるん」〈ネゴシエーター〉見習いの和泉は目を丸くしている。「寒いのは堪忍してや」
「北征のことですね。例年十月下旬ぐらいに始まると聞いてますが」三人めは〈エンジニア〉見習いの槇村である。「今日あたり布告があるかも」
 北征という言葉を聞いて震え上がらない若手はいない。それは危険のともなう大冒険であると同時に、見習いがキャラバンの正式なメンバーとして認められるための欠くべからざる通過儀礼なのだ。その過酷さは日々の行商など比較にならず、挑戦者のなかにはついに戻ってこなかった者も少なくないという。
 ウエストサイド南部の乾いた風が、言葉を失った三人の日焼けした顔を優しく撫でていった。

 その夜は久しぶりに活況を呈した。
 思いがけず巡回先の町で在庫が大量にさばけたおかげで懐が潤い、当座の食料に事欠かなくなったのだ。隊員たちは祝いと称して呑めや歌えやの大騒ぎをやらかし、酔いつぶれたやつから大の字になって寝転がる。そうして一人また一人と寝入っていった。大部分の隊員は後〈エリミネイト〉世代なので、二十二時をすぎても依然ぎらついている太陽と、いまにも落ちてきそうなほどの低軌道を回っている〈ネメシス〉をものともせずに眠れるのだ。
 見習いたちは警備を任されているので、みんなが酔いつぶれたあともしらふでがんばっていた。数は少ないものの、キャラバンや旅人を狙う盗賊がいるので油断はできない。
 三人が不寝番を倦まずたゆまず続けていると、隊員溜まりのほうから一人の男がゆっくりと近づいてきた。杉のような長身にどす黒い隈、褐色の肌に深く刻まれたしわ。年齢不詳の権威者、キャラバン隊の長である。
「不寝番お疲れさま」彼は大儀そうに腰を下ろした。「ちょっといいかな」
 少年少女はさかんにうなずいた。
「うちの隊では満十八歳になった者と、よそから入ってきて三年以上の経験を積んだ者に見習い卒業試験を受けてもらうことになってる。それは知ってるかね」
「うわさには聞いてます」と香苗。小柄だが芯の強い女の子で、それはこげ茶色の瞳にありありと浮かんでいる。褐色の肌にはかすかなそばかすがアクセントを添えている。服装は強烈な陽射しを遮断するための外套と被りもの(クーフィーヤ)。彼女が小さいころは、身の丈に合わない外套をひきずって荒野を駆け回っていたものだった。
「えらい難儀なもんらしいね」和泉は上方から流れてきた天涯孤独の孤児である。悲惨な出自とは裏腹に性格は豪放磊落、笑顔を絶やさない快男児だ。彼も当然真っ黒に日焼けしており、そのためいっそう笑ったときにのぞく歯の白さが際立つ。
「蝦夷地の最北端までいくのだと聞きました」槇村は生まれつき機械に強い秀才タイプで、誰に対しても敬語を使う冷静沈着な少年だった。手先の器用さは隊でも随一で、早くも隊になくてはならない人材と化しつつある。みんなと同じだけ陽光を浴びているはずなのに、幽鬼のように青白い。
「三人とも多かれ少なかれ、情報は得ているようだね」隊長はあぐらをかいて浅く目を閉じた。「当節じゃいまが何月かなんて誰も気にしなくなったが、むかしは季節というものがあった。夏はもっと暑く、冬は桁ちがいに寒くなったのさ。想像できるかね。とてもできまい。参考までに言っておくと、今日は十月三十一日だ。あと二か月で一年が終わる」
 三人は互いに顔を見合わせた。隊長の長広舌は彼らの理解をとっくに超えている。
「さて前〈エリミネイト〉時代には、新年――すなわち一月一日の日の出に特別な価値があるとされていた。それを見るためにわざわざ高い山に登ったり、東側の海岸に陣取って寒いなかがんばってたやつらがいたほどだ」長は恥ずかしそうに首をすくめた。「かくいうわたしもいまだに当時の文化を忘れられない一人でね。隊の人間にはぜひとも新年の初日の出を拝んでほしいと思ってるんだよ」
 エンジニアの卵が疑義を差し挟む。「でも北へいったって日の出は拝めないはずですよ。東へいかないと」
 残りの二人は同時に首を傾げた。
「最後まで聞きなさい。蝦夷地では太陽が昇らなくなって久しいが、ある時期にだけ〈エネシス〉の高度と光の反射角度の関係で、まるでスポットライトを浴びたように見える場所がある。それが蝦夷地最北端であり、ある時期というのが一月一日というわけさ」
 少年少女は空を見上げた。〈ネメシス〉が不吉な青色の輝きを放っている。
「その日までに最北端へ自力で辿り着く。それが北征だ。全行程は三千キロ近くになるし、途中には幾多の困難が待ち受けてる。ことに寒さを経験したことのないお前たちは、北部の苛烈な環境が身に染みるだろう。長く、危険な旅程だ。いままで帰ってこなかった見習いも少なくない」ゆっくりと目を開いた。「それでもやるかね」
 三人は顔を見合わせ、互いの腹の底を探り合った。その必要はなかった。誰の瞳にも決然とした覚悟がありありと浮かんでいたのだから。
 こうして少年少女の大冒険が始まった。
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