第5話 携帯不携帯につき…
文字数 1,631文字
携帯不携帯につき…
久々に東北の寒村A県のR村にやって来た。
ここは、鄙びた温泉宿のある私なりの隠れ家的なシャトーだ。空気がまず美味しい。
二十代の頃に初めて訪れて以来、東京の雑踏に疲れるとここに来たくなる。R村は、基本的には漁村である。マグロなどの新鮮な魚介が朝市などで、格安で味わえる。
東京人は、魂が疲れると京都に翼を休めに行くというが、私の場合は西ではなくて北上したくなるのだ。
ことに、気温が十度を下回る鯉も睡る真冬になると北上したくなるのだから、我ながら困ったものである。
定宿のM荘は、古民家を改装した民宿みたいなもので、東北にありがちな囲炉裏が嬉しい宿だ。一泊二食付きで6000円という田舎価格もリーズナブルだ。
「やあ、女将さん久しぶり。また、来たくなって来ちゃったよ」
くだけた挨拶が通る程に、何故か東京の地元よりリラックスできるのは何故なんだろうか。
「えーと、東京のSさんでしたね。菊の間で三泊四日…失礼ですけど携帯は所持していますか?」
女将は、パソコンなど使わずに帳面一冊で宿泊客を切り盛りしているのだが、携帯を所持しているか否かなどついぞ尋ねられたことはなかった。
私は、懐中を弄った。ない。携帯が無いのだ。そうだ、今回の旅は東京のしがらみから一時脱れるために携帯を東京の自宅に置いて来たのであった。
「ごめん、東京に忘れて来ちゃって、今は所持してないんだ。万一、忘れ物をしたら旅館でとっておいてもらえないかな。毎年、冬になると来ることだしさ」
私は、無くてもいい含羞にとらわれた。
「携帯を持っていないんですか…」
女将は、帳面から徐に面を挙げ、老眼鏡の奥から射るような視線をこちらに投げ掛けた。
「おい、おいおい。そんなことで目鯨立てることもないだろ。はやく、部屋で休ませてくれよ」
私は、何か一瞬不穏なものを感じたが、忘れ物対策の一環かなぁと思った。
帳場では、少し気持ち悪い想いをしたものの、温泉と夕食はまた東京のそれとは格別なものがあった。コトに、マグロが新鮮で美味いのがここの自慢で売りなのだ。
食事を終え、テレビで地元のローカル番組を見ていると、コンコン!とドアをノックする者がいる。
「あのう、食後のマッサージはいかがでしょうか?」
妙齢の女性が、タオルと商売道具を持って立っている。
「そうだな。じゃ、お願いしようかな」
私は、マッサージ嬢を部屋に引き入れた。
マッサージ嬢は、短めのスカートからのぞくふと股が真っ白な扇情的な東北美人だ。
「お客さん。相当凝ってますね。ことに肩が…」
嬢は、何やら世間話をしながら私の股間を弄っている。
「(やれやれ、田舎のマッサージだな。別料金はいくらとられるんだか)、東京の仕事はリモートが増えてね、パソコンばかりいじっているもんだから」
そんなやりとりをしていると、またコンコンとノックの音が。
「Sさん!ちょっと駐在さんが話を聞きたいそうよ」
ドアをあけると、女将と警察官が立っていた。
「何用ですか、こんな夜更けに?」
私には、事情がよく飲み込めなかった。
「あんたが東京から来たSさんですか?」
大柄な警察官は、心身共に上から目線だ。
「いかにも。わたしがSですけれど」
「あんた携帯不携帯だそうだな。
現行犯で逮捕したいところだが、女将さんと昵懇ということで、派出所まで任意同行してもらうから、それで勘弁してやる」
警官は、警棒を私の胸につきつけた。
「免疫パスポートは?」
「免疫パスポート?そんなものありませんよ」
「また、田舎もんだからって馬鹿にしくさって。これだから、東京モンは狡賢くって困る。今時、免疫パスポートなしで、こないなめんこい娘っ子さ部屋に引き入れて…村にクラスターでも発生したらどない責任とってくれる?」
青天の霹靂とは、このことか。
「今晩は、駐在所でゆっくり話し伺うから」
外では、東北特有な粉雪が舞い降り始めていた。
久々に東北の寒村A県のR村にやって来た。
ここは、鄙びた温泉宿のある私なりの隠れ家的なシャトーだ。空気がまず美味しい。
二十代の頃に初めて訪れて以来、東京の雑踏に疲れるとここに来たくなる。R村は、基本的には漁村である。マグロなどの新鮮な魚介が朝市などで、格安で味わえる。
東京人は、魂が疲れると京都に翼を休めに行くというが、私の場合は西ではなくて北上したくなるのだ。
ことに、気温が十度を下回る鯉も睡る真冬になると北上したくなるのだから、我ながら困ったものである。
定宿のM荘は、古民家を改装した民宿みたいなもので、東北にありがちな囲炉裏が嬉しい宿だ。一泊二食付きで6000円という田舎価格もリーズナブルだ。
「やあ、女将さん久しぶり。また、来たくなって来ちゃったよ」
くだけた挨拶が通る程に、何故か東京の地元よりリラックスできるのは何故なんだろうか。
「えーと、東京のSさんでしたね。菊の間で三泊四日…失礼ですけど携帯は所持していますか?」
女将は、パソコンなど使わずに帳面一冊で宿泊客を切り盛りしているのだが、携帯を所持しているか否かなどついぞ尋ねられたことはなかった。
私は、懐中を弄った。ない。携帯が無いのだ。そうだ、今回の旅は東京のしがらみから一時脱れるために携帯を東京の自宅に置いて来たのであった。
「ごめん、東京に忘れて来ちゃって、今は所持してないんだ。万一、忘れ物をしたら旅館でとっておいてもらえないかな。毎年、冬になると来ることだしさ」
私は、無くてもいい含羞にとらわれた。
「携帯を持っていないんですか…」
女将は、帳面から徐に面を挙げ、老眼鏡の奥から射るような視線をこちらに投げ掛けた。
「おい、おいおい。そんなことで目鯨立てることもないだろ。はやく、部屋で休ませてくれよ」
私は、何か一瞬不穏なものを感じたが、忘れ物対策の一環かなぁと思った。
帳場では、少し気持ち悪い想いをしたものの、温泉と夕食はまた東京のそれとは格別なものがあった。コトに、マグロが新鮮で美味いのがここの自慢で売りなのだ。
食事を終え、テレビで地元のローカル番組を見ていると、コンコン!とドアをノックする者がいる。
「あのう、食後のマッサージはいかがでしょうか?」
妙齢の女性が、タオルと商売道具を持って立っている。
「そうだな。じゃ、お願いしようかな」
私は、マッサージ嬢を部屋に引き入れた。
マッサージ嬢は、短めのスカートからのぞくふと股が真っ白な扇情的な東北美人だ。
「お客さん。相当凝ってますね。ことに肩が…」
嬢は、何やら世間話をしながら私の股間を弄っている。
「(やれやれ、田舎のマッサージだな。別料金はいくらとられるんだか)、東京の仕事はリモートが増えてね、パソコンばかりいじっているもんだから」
そんなやりとりをしていると、またコンコンとノックの音が。
「Sさん!ちょっと駐在さんが話を聞きたいそうよ」
ドアをあけると、女将と警察官が立っていた。
「何用ですか、こんな夜更けに?」
私には、事情がよく飲み込めなかった。
「あんたが東京から来たSさんですか?」
大柄な警察官は、心身共に上から目線だ。
「いかにも。わたしがSですけれど」
「あんた携帯不携帯だそうだな。
現行犯で逮捕したいところだが、女将さんと昵懇ということで、派出所まで任意同行してもらうから、それで勘弁してやる」
警官は、警棒を私の胸につきつけた。
「免疫パスポートは?」
「免疫パスポート?そんなものありませんよ」
「また、田舎もんだからって馬鹿にしくさって。これだから、東京モンは狡賢くって困る。今時、免疫パスポートなしで、こないなめんこい娘っ子さ部屋に引き入れて…村にクラスターでも発生したらどない責任とってくれる?」
青天の霹靂とは、このことか。
「今晩は、駐在所でゆっくり話し伺うから」
外では、東北特有な粉雪が舞い降り始めていた。