第4話 一言
文字数 1,531文字
面白いものを目撃したら、人に言いたい。
話してはならない。それ以上に窮屈なことがこの世にあるだろうかと、ポンプは思った。
拡張しようのない飛行艇内での生活は、おしゃべりで保たれている。おしゃべりは楽しくて、絆を深めて、緊急時には一個の生命のように振る舞えるようになる。
けれど保安員のポンプは長時間を一人で過ごす。
話題が欲しくて選んだことだったが、あてが外れてしまった。保安員になれば外の景色が拝めると思っていたのだ。現実は、機密性の問題から、外を伺える構造は姿を消し、哨戒任務は部署が違う。唯一の屋外作業、外壁の修理工ならば、存分に外の景色を楽しめるけれど、海への転落という恐ろしいおまけがついてくる。
今まで何人もの人間を飲み込んできた魔界の入り口だ。大地を失い、見事に空へと旅立った人間を、潮風は悩まし続けた。
叶うなら、夜空を見てみたいが、修理工になる勇気をポンプは持っていなかった。
仕事をする前の濃密な人間関係に比べると、休みの日におしゃべりするだけでは物足りなかった。このまま自分は、コミニティになんの影響も与えることなく人生を終えてしまうんじゃないだろうか。
その時、けたたましい警報音が鳴り響いた。イヤホンに指令が降る。
『各員に通達。31で火災発生。全避難。7で接続する。繰り返すーー』
「全避難だって!」
ポンプは興奮した。
この国は八つの飛行艇団から成り立っている。他船への避難が必要な場合、当該船の前後と、上下左右と別の飛行艇を接続して住民を引き受ける。ポンプは飛行艇の接続口の警備を担当していた。
モニターを見ながら、接続相手の保安員と無線でやり取りする。受け入れ側が、橋を操作する決まりだ。作業完了を待っていたが、ランプが灯らない。
相手が言った。
『確認する』
「了解」
少しして、相手の声が返ってきた。
『駄目だ。覆いが展開しない。……仕方ない。このまま避難させよう。幸い、風は強くない』
「了解しました」
ポンプは胸を弾ませて、ハッチを開けた。中の空気が流れ出し、吸いだだされるようにしてデッキに出た。頭上には張り出した船体、両脇には衝突防止の緩衝器。一見すると外にいるようには見えないが、橋の下には何もないのだ。青々と輝く海が見えた。ペックは冷たい空気に芯から震えた。
イヤホンからは刻一刻と変化する船内の状況が流れてくる。延焼しているようだ。
すぐに避難の第一グループがやってきた。いつもの避難訓練と変わらない様子で、速やかに橋を抜けていく。きちんと前の人を追い、列を乱さず、決して無駄口を叩かない。標語どおりだ。
火事は深刻で、しだいに避難者の顔が真剣になっていく。
また新たな一団が到着し、後には別の一団も控えていた。
お決まりの避難誘導をしていたポンプは、決められた言葉を繰り返した。
ポンプの前をヨックが通り過ぎた。よく気がつく男の子だ。
ポンプは言った。
「下を見ないで」
端を渡っていたヨックが下を見た。吹き込む潮風に気づいて、恐怖の色が浮かぶ。たちすくむヨックの後で、ぶつかりながらも、レビクが踏みとどまった。背後のラルガは止めれずに突っ込んだ。駆け込んで人々が次々に押し合い、渋滞が起きた。
その時、ラルガの腕から、赤ん坊のモッカが転げ落ちた。
こんな時でも、ラルガは声を上げなかった。
とても静かな出来事だった。
レビクがヨックを抱え上げて、ラルガは夫のピープが後ろから支えるようにして渡らせた。
何事もなかったかのように、人の流れがスムーズに動き出した。
誰もポンプのせいだなんて思わないだろう。ポンプは自分の手柄だと言いたくてたまらなかった。
あんな光景そうそう見られるものじゃない。
ポンプは窮屈さに痺れた。
話してはならない。それ以上に窮屈なことがこの世にあるだろうかと、ポンプは思った。
拡張しようのない飛行艇内での生活は、おしゃべりで保たれている。おしゃべりは楽しくて、絆を深めて、緊急時には一個の生命のように振る舞えるようになる。
けれど保安員のポンプは長時間を一人で過ごす。
話題が欲しくて選んだことだったが、あてが外れてしまった。保安員になれば外の景色が拝めると思っていたのだ。現実は、機密性の問題から、外を伺える構造は姿を消し、哨戒任務は部署が違う。唯一の屋外作業、外壁の修理工ならば、存分に外の景色を楽しめるけれど、海への転落という恐ろしいおまけがついてくる。
今まで何人もの人間を飲み込んできた魔界の入り口だ。大地を失い、見事に空へと旅立った人間を、潮風は悩まし続けた。
叶うなら、夜空を見てみたいが、修理工になる勇気をポンプは持っていなかった。
仕事をする前の濃密な人間関係に比べると、休みの日におしゃべりするだけでは物足りなかった。このまま自分は、コミニティになんの影響も与えることなく人生を終えてしまうんじゃないだろうか。
その時、けたたましい警報音が鳴り響いた。イヤホンに指令が降る。
『各員に通達。31で火災発生。全避難。7で接続する。繰り返すーー』
「全避難だって!」
ポンプは興奮した。
この国は八つの飛行艇団から成り立っている。他船への避難が必要な場合、当該船の前後と、上下左右と別の飛行艇を接続して住民を引き受ける。ポンプは飛行艇の接続口の警備を担当していた。
モニターを見ながら、接続相手の保安員と無線でやり取りする。受け入れ側が、橋を操作する決まりだ。作業完了を待っていたが、ランプが灯らない。
相手が言った。
『確認する』
「了解」
少しして、相手の声が返ってきた。
『駄目だ。覆いが展開しない。……仕方ない。このまま避難させよう。幸い、風は強くない』
「了解しました」
ポンプは胸を弾ませて、ハッチを開けた。中の空気が流れ出し、吸いだだされるようにしてデッキに出た。頭上には張り出した船体、両脇には衝突防止の緩衝器。一見すると外にいるようには見えないが、橋の下には何もないのだ。青々と輝く海が見えた。ペックは冷たい空気に芯から震えた。
イヤホンからは刻一刻と変化する船内の状況が流れてくる。延焼しているようだ。
すぐに避難の第一グループがやってきた。いつもの避難訓練と変わらない様子で、速やかに橋を抜けていく。きちんと前の人を追い、列を乱さず、決して無駄口を叩かない。標語どおりだ。
火事は深刻で、しだいに避難者の顔が真剣になっていく。
また新たな一団が到着し、後には別の一団も控えていた。
お決まりの避難誘導をしていたポンプは、決められた言葉を繰り返した。
ポンプの前をヨックが通り過ぎた。よく気がつく男の子だ。
ポンプは言った。
「下を見ないで」
端を渡っていたヨックが下を見た。吹き込む潮風に気づいて、恐怖の色が浮かぶ。たちすくむヨックの後で、ぶつかりながらも、レビクが踏みとどまった。背後のラルガは止めれずに突っ込んだ。駆け込んで人々が次々に押し合い、渋滞が起きた。
その時、ラルガの腕から、赤ん坊のモッカが転げ落ちた。
こんな時でも、ラルガは声を上げなかった。
とても静かな出来事だった。
レビクがヨックを抱え上げて、ラルガは夫のピープが後ろから支えるようにして渡らせた。
何事もなかったかのように、人の流れがスムーズに動き出した。
誰もポンプのせいだなんて思わないだろう。ポンプは自分の手柄だと言いたくてたまらなかった。
あんな光景そうそう見られるものじゃない。
ポンプは窮屈さに痺れた。