第18話

文字数 2,238文字

「少し刀身を見てみたいんだけど……」
 その時、四海竜王と鬼姫もこちらへ走って来ました。
 玄関先で鬼姫はリンエインを真剣に見ています。
「ふふっ、武よ。ここでもモテモテだな。そいつの父親はここ竜宮城の城下町随一の天才軍師で、娘のリンエインも父親と同じく才覚を認められ、魚人を統べる軍師をしていた頃もあるのさ」
 東龍の一声で武と鬼姫の顔や雰囲気が引き締まりました。
 そうです。
 四海竜王にとっては戦の方向をあっという間に決めてしまう存在なのです。 

「天才軍師……この人が……? 心気?」
「そういうこと。ちょっとこれ借りるわね」

 リンエインは雨の村雲の剣を武の腰から鞘ごとするりと抜き取りだすと、丁寧に刀を抜きました。そして、刀身に一礼して、しばらく眺めます……。
 そして、
「わ、凄い! 神話クラスの切れ味だわ!」
 などと独り言を延々と言いだしました。
 
 東龍が武の傍でため息を混じりに「ああなると、小一時間はかかるんだ」と言います。私は気が気ではありません。武は強引に落ち着こうとして玄関から少し離れた縁側に座りました。鬼姫は明らかにリンエインを観察しています。

 ボロ屋はある意味。私には機能的のようにも見えてきました。一階建てで質素な台所と客間、こじんまりしたお座敷も一際広大な書斎も。殊の外シンプルでした。箪笥やちゃぶ台。生活に必要不可欠なものしかない。そんな感じです。

 夜は灯りは外から漏れ出てきているので、足元が覚束なくなることもないでしょうし、何よりそんなに暗くならないはずです。薄暗いだけの人が住むには申し分ない造りだと思います。

「へえー、そりゃあ当然ね。これなら龍も楽に斬れるわー」
「ふむふむ。えーっと、この刀はいつ頃に造られたのかしら?」
「やっぱ、私は天才だね! おおよそ……かな? うーん……違うわ。もっと昔かしら?」
「どんな鉄を鍛えれば、こんな刀が……。あ、そうか? 確か違う星へ家族で旅行へ行った時に興味が湧いた鉄や土があったっけ? そうだわ。その鉄とか……じゃない?」

 かれこれ一時間後、独り言から戻ったリンエインから、やっと刀が返ってきました。
 私は気が遠くなりましたが……。
 
「あれだけ斬って刃こぼれもしない……しかも……」
「はあ……」
「さあ、行って! 必ずどんな龍でも斬れるわよ! さっさと片付けて来なさいな!」
 リンエインは美しく天才ですが、妙に独り言が多い女性のようですね。

 さあ、戦いの時です。

「私は戦略会議に今すぐ向かわないといけない! あなたたちは東へ向かって! きっと、そこから主力が攻めてくるはずよ! 四海竜王は東西南北の海へ行って!!」

 リンエインは竜宮城へ駆け出しました。
 竜宮城が無事なのを祈ります。

 城下町の民は大混乱です。武と鬼姫は人々の身体を掻き分けながらここ城下町の東へと、走りに走りました。
 途中で倒れた魚人がいたので、鬼姫が起こしました。
「ありがとう……必ず倒してくれよ……俺たちを救ってくれ」
 魚人の人は怯えながら震える声で言うのです。
「はい!」
「はい!」
 武と鬼姫は同時に発音していました。
 長年の修行がそうさせるのでしょうね。
 それにしても、ここまで非常に息が合うとは。

 武と鬼姫が城下町から大海まである広い砂浜に辿り着きました。ここから見ても轟々と音のする激しい荒波から数多の龍の首や腹が見えます。針のように細長い龍が三体も。水淼の大龍が二体もいる。どうやら、リンエインの言った通りに、これが主力部隊なのでしょう。

 さあ、武と鬼姫はどうやってこの戦局を乗り越えるのでしょう。

 武は早速、砂浜に両の足で踏ん張ってから、そのままくるりと背を向けると、龍尾返しを一振りしようとしましたが。

「武様! お待ち下さい! ここは後々のため。幻の剣で斬って差し上げます!」

 鬼姫が、武の肩にその小さな手を置きました。それから一呼吸して神鉄の刀を抜き。

「ハーッ! 水波!!」
 鬼姫が砂浜からドンッと踏み込みました。刀を上段から振り下ろすと。瞬間、なんと目の前の大海に巨大な水柱が飛び跳ねていきした。水柱は超高速で遥か水平線まで、無数の龍の血潮や水しぶきをまき散らしながら、まるで水面に小石を投げるかのように海を飛んでは着地したりとを繰り返しながら飛んでいきました。

 巨大な水柱は、真っすぐに数多の龍を真横になった回転のこぎりのように近づくものを切断していきます。
 これには驚きました。
 水柱は何度龍をはふってもその威力が衰えることがないのです。
 まるで、硬い水の回転のこぎりが海面をピョンピョンと飛び跳ねていくようです。

「凄い! よし!!」

 武も見よう見まねで水波を放とうとしましたが……。
「武! このままじゃいけない!」
 と、突然後ろから男の声が聞こえました。
 見ると、呼吸を荒くした北龍が血相変えて走って来ていました。

「今、竜宮城は四方を囲まれているんだ! 東西南北だ! ここだけ守っても意味がないんだ!」
 北龍はそう言うと、同じく砂浜からここまで走って来た西龍の方を向きました。
 ゼエゼエと荒い呼吸を整えて西龍は叫びます。
「西には私! 北には北龍! 南には南龍が行ってくれています! 魚人の軍勢は数が少なくて四方には裂けられないのです! 四海竜王だけで戦うのならはっきり言って無謀です! 武は足が早そうだから四方へ回って龍を討ってください! お願いします! ここは鬼姫さんだけに任せたいのです!」

 これは前代未聞の危機です。
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