青春の再構築

文字数 858文字

 「戦争のせいで青春がありませんでした」と原野さんは言った。そのひと言に、言葉にならないつらい思いと経験、そして悔いがどれほど詰まっているのだろう。
 終戦を迎えた年は、本来なら原野さんが青春を一歩踏み出す年齢ではなかったかと思う。
 しかし、原野さんは永久に青春のない戦友のことを思い続けた。
 「戦争のせい」という強い言葉と「永久に」という言葉からは、なぜ戦友は死ななければならなかったか、悔やんでも悔やみきれない思いが伝わってくる。
 その強い思いが原野さんの青春を無気力なものに変えてしまった。

 作家でカトリック信者でもある三浦朱門は、靖国神社に参拝する背景のひとつとして、幼なじみの乗った偵察機が撃墜されて亡くなったことをあげた。
 「彼が生死をかけて飛んだ空域、そして彼の死体が沈んでいる海面を見れば、自分の現在を申し訳ないと思い、彼が命がけで守ろうとしたもの、それが何であるかは別にして、自分はおめおめと生き延びていることに、ある後ろめたさを覚えるのである」(『靖国神社』三浦朱門監修、海竜社、2005年)。
 戦地に赴き、戦場で戦友を失うことになった人たちだからこそ持つ共通の感覚、共通の思いがあるのだろう。

 そして、人生の終盤を迎えて原野さんは悟る。
 「残された私が青春を楽しまなかったら、あの世に行ったときに彼らにあわせる顔がないんです」
 原野さんにとって日本一周は戦友とともにする青春の再構築だった。
 悟りはそれだけではない。原野さんのTシャツの背中側には『祈念 平和 日本列島』と書かれていた。
 また、友人にあてた手紙には、「現代社会に濫用されている平和。私は真の平和を願うのです」と書いた(先のNHK番組で紹介)。
 過酷な自転車の旅をあと押ししていたものは、平和への願いだった。
 平和の尊さを日本中で出会う人たちに伝えていくこと、そこに残りの人生の使命を悟ったのではないだろうか。
 それは、原野さんの中の国土という場所をかたさのない、穏やかで柔軟な場所として再構築することでもあったのではないかと思う。
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